RIKUPEDIAをご覧の皆様,MC1年の佐伯です.今年もよろしくお願いいたします.さて,新年に入り,競技を続けられている方は新たな目標を立ててトレーニングに励まれていることと思います.第58回の齋藤さんのコラムでは,ダルビッシュ有選手の「練習は嘘つかないって言葉があるけど…頭使って練習しないと普通に嘘つくよ」という言葉が紹介されていました.目標を達成するためのアプローチ方法は無数にありますが,達成への近道は,頭を使って適切なアプローチを選択していくことだと思います.そして,競技の特性を正しく理解していなければ,適切なアプローチ方法を見出すことはできません.そこで今回のコラムでは,片脚支持での運動の特性と,その特性上,特に跳躍選手にとって重要でありながらも見落とされがちである,股関節の外転運動についてご紹介します.
まず,股関節の外転とはどのような運動でしょうか.カパンジー(2010)は,「股関節の外転は下肢を直接外へ向け,身体の正中矢状面から遠ざける運動である」と述べています.つまり股関節の外転は,脚を外に開く動作ということになります.脚を外に開く動作と聞いて,競技と一体どう関係があるの?と思われた方もいるかもしれません.たしかに一見すると,走ったり跳んだりするときには,脚を外に開くような動作は見られません.しかし,実際には外転運動は生じているのです.股関節の外転というのは,骨盤を基準にして考えれば,脚を外に開く動作と捉えられますが,片脚立位での支持脚の大腿を基準にして考えてみると,遊脚側の骨盤を挙上させる動作が股関節の外転動作であると捉えることができます.この,遊脚側の骨盤を挙上させる動作と力が,片脚支持での運動,特に片脚跳躍運動において重要な役割を果たしているのです.以下に,股関節外転の動作・トルクが働くメカニズムや,その重要性などについて,文献とともにご紹介します.
片脚立位において,支持脚側の股関節では外転筋が働きます.カパンジー(2010)は,この支持脚側の外転筋によって,骨盤の前後軸まわりの角度が保たれていると述べています.つまり,外転筋が働かなければ,遊脚側の骨盤が下降し,バランスを崩してしまうということです.また,遊脚側の骨盤が下降する理由について,カパンジー(2010)は,骨盤にかかる上体の質量によって,支持脚側の股関節を中心に骨盤が回転するためであると述べています.つまり,骨盤にかかる重力の作用線が,股関節からずれているために股関節を中心に回転のモーメントが生じて,遊脚側の骨盤が下がるということです.片脚立位でバランスをとるためには,この回転する力と股関節の外転トルクのつり合いを保たなければなりません(図参照).片脚支持では,このような力学的な理由で股関節外転トルクが働き,姿勢の安定に寄与しているのです.
また,片脚支持での跳躍運動では,股関節の外転トルクの発揮は姿勢の安定に寄与しているだけでなく,跳躍高の獲得にも貢献しています.苅山ほか(2013)は,片脚リバウンドジャンプと両脚リバウンドジャンプの力発揮特性を3次元的に分析し,片脚リバウンドジャンプでは,股関節外転トルクが両脚リバウンドジャンプと比較して有意に大きく,この外転トルクは,股関節における他の関節軸まわりに発揮されたトルクよりも大きな値であったことを明らかにしています.さらに苅山ほか(2013)は,片脚リバウンドジャンプにおいて,遊脚側の骨盤は着地直後に下降し,その後離地に向けて大きく挙上し,この挙上動作が跳躍高の増大に影響を及ぼしている可能性があることを述べています.この跳躍高増大のメカニズムについて,苅山ほか(2013)は,「骨盤の挙上動作は,骨盤の上に搭載されている身体部位を鉛直上方へ持ち上げることになるために,それを導く股関節外転トルク発揮は身体重心の鉛直速度獲得,すなわち跳躍高の増大に影響を及ぼしている可能性がある」と述べています.また,佐渡・藤井(2014)は,片脚ドロップジャンプにおいて,装具により骨盤の動作を制限した試技と通常の試技を行わせ,骨盤の動作を制限した試技では有意に跳躍高が低下することを明らかにしました.これと同様の試技を,両脚ドロップジャンプでも行っていますが,両脚では,骨盤の動作を制限した試技と通常の試技では有意な違いは見られませんでした.このことから,骨盤の挙上下制動作は,片脚ジャンプに特有の動作であり,この動作が片脚ジャンプにおいて跳躍高の獲得に貢献していることがわかります.
このように,リバウンドジャンプやドロップジャンプでは,骨盤の挙上下制動作や股関節外転トルクが跳躍高の獲得と姿勢の安定のために非常に重要な要素となるのです.ここまでは,その場でのジャンプであるリバウンドジャンプやドロップジャンプにおける内容でした.では,水平速度の伴う実際の競技においても,これらの力や動作は,パフォーマンスを高めるための重要な要因なのでしょうか?次は走幅跳や走高跳の踏切における骨盤の拳上下制動作や股関節の外転トルクの重要性を示唆する文献についてご紹介します.
Shimizu et al.(2014)は,走幅跳の踏切動作を3次元的に分析し,地面反力に対する踏切脚の各関節トルクの貢献度を算出しました.その結果,踏切の接地直後に大きな股関節の外転トルクが発揮され,鉛直地面反力の獲得に貢献していることが明らかとなりました.また,Shimizu et al.(2014)は,股関節の外転トルクは,上体の位置をまっすぐ垂直に保持するための役割も持っており,もしこの外転トルクが働かなければ上体は遊脚側に傾いてしまうか,完全に倒れてしまうだろうと述べています.また,Okuyama et al.(2003)は,走高跳の踏切動作を3次元的に分析し,踏切脚の股関節外転トルクが,下肢関節の他のどのトルクよりも大きかったことを報告しています.股関節外転トルクが発揮される要因についてOkuyama et al.(2003)は,踏切脚の内傾が関係していると述べています.また,小山ほか(2008)は,大阪世界陸上大会の走幅跳の踏切動作を3次元的に分析し,走幅跳においても男女の上位3選手において踏切脚がやや内傾していることを明らかにし,それにより踏切脚の外転筋群の活動を高めることが,鉛直速度の獲得につながる可能性があることを述べています.
一方,縦断的な研究では,東畑ほか(2010)および小森・図子(2009)は,ともに骨盤を使った走幅跳の踏切技術の習得を目指したドリルの導入により,走幅跳の記録を大きく向上させた事例を報告しています.ドリルには,骨盤の挙上下制動作を強調したものが取り入れられており,膝や足首の屈伸に頼らずに腰で踏み切るという部分に重点を置いて行われていました.
これらのことから,走幅跳や走高跳の踏切においても,股関節の外転動作・外転トルクは,パフォーマンスを高めるために非常に重要な要因であることが考えられます.
以上,股関節の外転動作・外転トルクの重要性を示唆する文献についてご紹介しました.片脚支持で遂行される運動の多くで,股関節の外転筋力はパフォーマンスを高めるための重要な要素となりますが,特に跳躍選手では大きな鉛直負荷に対抗する必要があるため,強靭な股関節外転筋力を身に付ける必要があると考えられます.パフォーマンスを高めるための手段は無数にありますが,トレーニングを考える上で,是非この股関節の外転の要素にも目を向けてみてください.