回転投法の可能性 —回転投法の利点とは?−

DC1 前田 奎

今回コラムを担当します,DC1の前田です.前回のコラムでは,日本人砲丸投競技者にとっての回転投法の可能性について,砲丸投競技者の身長に着目しました.今回はその回転投法の利点に関して,大山卞(2010)の報告を中心に紹介します.

大山卞(2010)は,これまで多くの指導者や研究者から,回転投法の利点として,砲丸の加速距離が長いということが指摘されてきた(Heger,1974;Zatsiorsky,1990;Pyka and Ostrando,1991)と述べています.

実際,競技現場においても,

「回転投法の方が,グライド投法よりも砲丸を長く加速できるから,ええんや!」

というような意見をしばしば耳にします.

果たして本当にそうなのでしょうか?

大山卞(2010)は,田内(2006)データを用い,同一被検者にグライド投法・回転投法の両投法を行わせて比較を行った結果,動作開始からリリースまでの砲丸移動距離は,回転投法がグライド投法の1.41倍であったと報告しています.
 つまり,“砲丸が移動した距離”は,回転投法がグライド投法よりも長いのは事実であると言えます.

この“砲丸が移動した距離”に関して,大山卞と藤井(2008)は,図1に示すような砲丸の軌道の例から,回転投法では準備局面(動作開始から左が接地までの局面)でこそ大きな移動を示すものの,砲丸加速の主要局面である投げ局面(左足接地からリリースまでの局面)での砲丸移動距離については,グライド投法と大差がなかったと報告しています.また先述の田内(2006)のデータから算出した砲丸移動距離に関して,同一被検者でも投げ局面の砲丸移動距離は回転投法がグライド投法の90%であったとされています(大山卞,2010).さらにグライド投法が予備動作のストライド幅が小さく,投げのスタンスを大きく確保する“short-long rhythm”で行われるのに対して,回転投法では予備動作のストライド幅が大きく,投げのスタンスが小さくなる“long-short rhythm”が採用されていることが明らかとなっています(Bartonietz,1994).
 これらのことを踏まえて,大山卞(2010)は回転投法においてグライド投法よりも砲丸の移動距離が長いのは,投げ動作以前の部分であり,加速に関わる回転投法の空間的な利点は,主に「準備局面」にあるだろうと考察しています.

次に大山卞(2010)は,その「準備局面」の機能的な役割という観点から,準備局面で本当に問題になるのは,“砲丸自体の加速”なのだろうかと指摘しています.“砲丸自体の加速”ということに関して,Luhthanen et al.(1997)は空中局面(左足離地から右足接地までの局面)での砲丸速度増大の必要性について述べており,Coe and Stuhec(2005)は砲丸速度の損失を防ぐという観点から,空中局面を短くすることをすすめています.しかし,世界トップクラスの競技者においても,準備局面前半における加速の後,移行局面(右足接地から左足接地の局面)の前後で砲丸速度が大きく落ち込むこと(図2)が報告されています(Hay,1993;Bartonietz,1994;Lanka,2000;Ohyama Byun et al.,2008).したがって,このような事実を考えると,準備局面における砲丸の加速を利用するために,空中—移行局面で砲丸の速度を落とさないことを重視するべきとの主張には無理があるかもしれません(大山卞,2010).
 上述の移行局面における砲丸速度の落ち込みに関しては,投てき方向に全身が進行するのに対して,砲丸が逆方向の動きをすることに起因すると報告されています(Hay,1993;Lanka,2000;Ohyama Byun et al.,2008).すなわち,砲丸の速度は,ターンから投げの構えを整えるという,最終的に砲丸を有効に突き出すための全身の動きによって損失を受けていると考えられます(大山卞,2010).そして,大山卞(2010)は,砲丸の動きのみに着目すると,ターンにおける加速は移行局面でほとんど消えてなくなっているように見えてしまうため,この速度はどこ行ってしまったのだろうかと疑問を呈しています.
 そこで大山卞(2010)は,加速の過程を砲丸そのものの運動という観点ではなく,砲丸を含んだ競技者全体(=砲丸—競技者系:システム)の運動として次のように考察をしています.砲丸の減速が起こる空中・移行局面における全身の角運動量(図3),並進運動量の変化(図4)を見ると,砲丸が減速するにも関わらず,競技者の身体は回転しながら投てき方向に動き続けており,システムは投げ局面に向けて十分な運動量を確保していると考えられます(大山卞,2010).このことから,砲丸の速度減少という一見投げに不利な状況が生じた背景には,投げ局面に向けて全身に運動量を持たせ,投げの準備を整える過程があったと考えられます(大山卞,2010).そして大山卞(2010)は,前述の砲丸と身体の関係,身体の質量の大きさとその運動量の関与を考えれば,砲丸速度の損失は必ずしも重大な問題であるとは言えないとし,システムが最終の投げ局面において運動量を投てき物に転移できる状態を確保することが重要であると考察しています.

ではそのシステムの運動量の獲得は……

これ以上書くと長くなってしまうので,システムの運動量の獲得に関しては次回紹介いたします.

今回のコラムの内容を整理すると…

回転投法を採用する際に,参考にしていただければ幸いです.



図1.投てき動作中の砲丸軌跡(上から見た軌跡,左:回転投法,右:グライド投法)
(大山卞と藤井,2008をもとに作図)


図2.Hoffa選手の砲丸の速度
(Ohyama Byun et al.,2009をもとに作図)


図3.Hoffa選手の重心まわりの全身角運動量
(Ohyama Byun et al.,2009をもとに作図)


図4.Hoffa選手の全身の並進運動量
(Ohyama Byun et al.,2009をもとに作図)



参考文献:
Bartinietz,K.E.(1994)Rotational Shot Put technique:biomechanic findings and recommendations for training.Track & Field Quarterly Review,94:18-29.
Coh,M. and Stuhec,S.(2005)3-D kinematic analysis of the rotational shot put technique.New Studies in Athletics,20(3):57-66.
Hay,J.G.(1993)The Biomechanics of Sports Techniques(4th edition).Prentice-Hall:Englewood Cliffs,NJ.,pp.469-480.
Heger,W.(1974)Is the rotation technique better?.Track Technique,58:1849.
Lanka,J.(2000)Shot putting.Biomechanics in sport:performance enhancement and injury prevention.In:Zatsiorsky,V.M.(ED.),International Federation of Sports Medicine.Blackwell Schience.Malden,MA,pp.435-457.
Luhtanen,P.,Blomqvist,M.and Vanttinen,T.(1997)A comparison of two elite shot putters using the rotational shot put technique.New Studies in Athletics,12(4):25-33.
大山卞圭悟(2010)陸上競技 Round-up 日本人男子砲丸投競技者にとっての回転投法の可能性−世界レベルへの挑戦のために−.陸上競技学会誌,8(1):56−63.
Ohyama Byun,K.,Fujii,H.,Murakami,M.,Endo,T.,Takesako,H.,Gomi,K.,and Tauchi,K.(2008)A biomechanical analysis of the men’s shot put at the 2007 World Championships in Athletics.New Studies in Athletics,23:53-62.
大山卞圭悟・藤井宏明(2008)男子砲丸投−回転投法・グライド投法の比較を中心に−.バイオメカニクス研究,12:153-160.
Pyka,I.and Ostrand ,B.(1991)Rotational shot put.Strength & Conditioning Association Journal,13(1):6-9 and 83-88.
田内健二(2006)砲丸投げ技術の変遷からみた競技力向上への課題.体育の科学,56(3):213-218.
Zatsiorsky,V.M.(1990)The biomechanics of shot putting techniques.In:Brüggeman,G.P.and Rühl,J.K.(Eds.),Techniques in athletics:conference proceedings Köln,Federal repubric of Germany:Deutsche Sporthochchschule Köln,pp.118-125.
2015年12月7日掲載

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