スポーツにはルールがあり,それは時代の中で変化してきました.2010年にトラック種目の不正スタート(フライング)1回失格ルールが適応されたのはまだ記憶に新しいと思います.実は投てき種目においてもルール変更が行われているのです.
投てき競技では成功試技となる投てき物の着地場所の範囲角度(以下:投てき角度)が定められており,この投てき角度の範囲外に投てき物が落ちた場合は無効試技となってしまいます.2003年,サークル系種目(砲丸投・円盤投・ハンマー投)の投てき角度が40°から,34.92°に変更され,投てき物を落下させる範囲が狭くなってしまいました.実はこのルール改正によって,ハンマー投競技者にとってはさらに不利な問題が生じているという事実があるのです.今回は研究結果をもとに,コラムを進めていきたいと思います.
ハンマー投および円盤投において,競技者はケージ内のサークルから投てきを行います.このケージは失敗投てきの際,競技者や競技役員,観客を守るために設置されており,このケージによって,競技の安全が保たれています.
2003年の投てき角度のルール改正に伴って,サークルを囲うケージのデザインに変更がありました.ところが,その変更されたケージの開口部が狭すぎるのでは?という指摘があるのです.
Umegaki et al.(2009)は,ハンマーが手から離れた瞬間のハンマーヘッドの位置をもとに,ハンマーが落下するまでの軌道を算出しました.その結果,ケージを無視した場合におけるハンマーが投てき角度内に落下可能な軌道(A)とケージに触れることなく,投てき角度内にハンマーが落下可能な軌道(B)には約6度の差があることが明らかとなりました(図1).つまり,現行のケージではAの軌道で投射されたハンマーはケージに阻まれてしまうため,デッドゾーンが発生してしまうのです.理論上,このデッドゾーンにハンマーは落ちない(落とすことができない)ことになります.どうやら,現行のケージには構造上の問題点があり,これは競技者に不利なルールであるようです.ハンマー投におけるハンマーの飛距離を決定する主要な要因は初速度であることから(室伏ほか,1982),ハンマーをデッドゾーン方向に投てきし,ケージに当たるもしくは触れてしまうことで,ハンマーが減速してしまい,結果としてハンマーを遠くに投げることが出来なくなってしまいます.
室伏(2013)は,ハンマーをケージに触れることなく投げ出すタイミングの難しさを「600km/hのリニアモーターカーに乗り,外にあるサッカーゴール内にボールを入れるタイミングと同じである」と表現しています.2003年のルール改正で5度近く有効範囲が狭くなった上,ケージの構造による問題でさらに6度の投てき範囲の損失が明らかとなったことで,現在のハンマー投はハンマーをより正確に投げる能力の要求度が高まってきています.このような背景から,ケージに当たらなければ会心の一投だったのに・・・というような事例が発生する可能性が高まっているのです.
今回紹介させていただいた論文は2009年に掲載されており,右サイドライン側においては開口部を広げても安全上の問題は無いことが示されました.しかしながら,2015年現在もルールの変更は行われておらず,今年の北京世界選手権では,ハンマーが投てき角度の真ん中に落下する投てきにおいても,ハンマーをケージにかすめてしまう様子が見受けられました.安全面に偏重しすぎた結果であるのかもしれません.
スポーツはルールがあるから面白いものですが,今回はルールに過剰に制約を受けてしまった例を紹介させていただきました.「より遠くへ」が観たい私としましては,ハンマー投のルール見直しを切実に願うものです.