RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.博士課程の山元です.秋の深まりと冬の到来を感じる季節ですが,いかがお過ごしでしょうか.トラック&フィールド種目はシーズンが概ね終了し,冬期トレーニングが始まる時期かと思います.来年はオリンピック・イヤー.オリンピックを目指すアスリートにとっては勝負の冬となりますが,我々も大志を抱き,研究と実践に日々精進していきます.
さて,ちょうど1年前の第35回の私のコラムにて,「400m走のペース配分(レースパターン)③ -トップアスリートのペース配分の実際とモデルペース配分-」と題し,400mのペース配分について,トップ選手の実際のデータや我々が作成したモデルレースパターンを紹介しました.そして,その回は『次回のコラムでは,このようなペース配分を達成するための技術的側面について,走スピードの構成要因であるピッチとストライドから考えていきたいと思います』として締めていましたが,あれからなんやかんやありまして,気がつけば1年も掲載が空いてしまいました.そこで,今回は1年越しになりましたが,400m走のスピード変化に影響を及ぼす要因について,先行研究を紹介したいと思います.そして,1年間隔が空いてしまったということもあるので(?),今回はピッチとストライドにとどまらず,スピード低下に関係する技術(動作)や体力についても紹介したいと思います.
図は,400m走中の走スピード,ステップ頻度(ピッチ,1秒間の歩数)およびステップ長(ストライド,1歩の長さ)の変化を示したものです.走スピードは,スタート後増加し,およそ50-100m付近でピークに達し,以降フィニッシュまで低下します(Hanon & Gajer, 2009;尾縣ほか,1998;山元ほか,2014a.ピーク出現地点については個人差があります).一方,ピッチは,スタート直後または走スピードと類似した地点でピークを示し,以降低下しますが,200-300m付近においては維持される傾向が見られます(Hanon and Gajer, 2009;山元,2012).さらに,ストライドは,走スピードからやや遅れて100-150m付近でピークを示し,200m以降低下します(Hanon and Gajer, 2009;Nummela et al., 1992;山元,2012).レース終盤では,ピッチ,ストライドともに低下しますが,ピッチのほうが低下がより顕著である傾向にあります(Hanon and Gajer, 2009).このように,走スピードはピークからフィニッシュまで低下するのに対して,ピッチやストライドは異なる特徴的な変化のパターンを示し,あたかもお互いの低下を補償する(あるいは一方を維持するために他方が低下している)ような変化を示すことは非常に興味深いです.また,パフォーマンスの高い競技者は,レース全体にわたって大きなストライドを示すとともに(Hanon and Gajer, 2009;山元ほか,2012),レース終盤におけるピッチの低下が小さいことが報告されています(尾縣ほか,2003).さらに,事例的にではありますが,同等の記録レベルでも,前半型の競技者は,ストライドがやや小さく,ピッチはレース前半で高く後半の低下が大きい傾向にあり,後半型の競技者はストライドが大きく,ピッチはレース前半では低いものの,終盤まで維持している傾向を示したことが報告されています(山元,2014b).走スピードはピッチとストライドの積なので,両者が密接に関連していることは当然ですが,これらのことから,高いパフォーマンスを達成するための効果的なレースパターンや,レースパターのタイプに,ピッチとストライドのコントロールが関連している可能性が示唆されます.
次に,技術的な要因について,レース後半に生じる動作や力・トルク発揮,筋活動の変化について検討した研究を紹介します.伊藤ほか(1997) は,400m走後半の動作の特徴として①ももあげ角度の低下,②キックにおける膝伸展動作の増加,③体幹の後傾,を挙げています.特に②の膝伸展を強調したキック動作は,スプリントパフォーマンスの高い競技者の特徴である膝関節の屈伸の小さいキック動作に相反するものであり(伊藤ほか,1998),走スピードの低下に影響すると指摘しています.また羽田ほか(2001)は,400m走後半の下肢関節のトルク発揮について検討し,股関節の屈曲トルク(大腿を挙上するまたは体幹を前傾させるように作用するトルク)が低下しており,このことが先述したももあげ角度の減少や体幹の後傾を生じさせていた可能性を示唆しています.また同様に,尾縣ほか (2003) も,400m走の後半において股関節および膝関節のトルクが低下することを明らかにしています.さらに,下肢のもう一つの重要な関節である足関節のトルクについて,400m走の後半を対象とした報告は少ないですが (Sprague and Mann, 1983),100m走(遠藤ほか,2008)や600m走(Kadono et al., 2013)においては,後半における足関節トルクの低下が顕著であることが報告されており,足関節のトルクを維持することも重要になると考えられます.一方でRabita et al. (2013) は,5m/秒程度のスピードでの持続走(2000m程度)を対象とした研究において,疲労の亢進に伴って足関節に関係する筋群(下腿の筋であるヒラメ筋や腓腹筋)の活動が低下したのに対し,股関節の屈伸に関与する筋群(大腿の筋である大腿直筋や大腿二頭筋)の活動は増大する傾向がみられ,足関節の筋群の疲労を股関節の筋群の活動によって補償する方略(quadriceps-dominant strategy)が存在する可能性を示唆しています.同様に,Kadono et al. (2013) は,600m走の後半において,支持期の下肢関節のトルクやパワーは低下するのに対して,回復期の股関節のトルクやパワーは,非疲労時と比較して維持または増大される傾向を示し,支持期の下肢関節の機能低下によって生じるストライドの減少を,回復脚股関節の働きによって,回復脚を素早く動かしピッチを高めることで補償できる可能性を示唆しています.さらに,上述した尾縣ほか(2003)の研究において,股関節トルクの維持率と走スピードの維持率に相関関係が見られること,すなわち,股関節トルクを維持できていたものほど走スピードの低下が小さかったことが報告されていることも,これらの仮説を支持するものであるいえます.一方で,Rabita et al. (2013) やKadono et al. (2013) の研究は,400m走を対象とした研究ではないこと,さらには,いくつかの現象から類推される仮説を示したものであることから,詳細についてはさらなる検討が必要であると言えます.
最後に,体力的な要因についてです.筋へのエネルギーの供給過程(厳密にはそのためのATPの再合成過程)には「有酸素性」と「無酸素性」の機構があることはご存知かと思いますが(厳密には言葉の定義などいろいろありますがここでは割愛),それらの能力を評価する指標として,有酸素性の能力には「最大酸素摂取量」,無酸素性の能力には「最大酸素借」「酸素負債量」などが主に用いられ(定義や測定方法などは割愛),スプリンターの体力測定にも頻繁に利用されます.そして,いずれの能力も,400m走パフォーマンスの高い者ほど高い値を示すことが報告されています.(最大酸素摂取量:Mero et al., 1993;Olsen et al., 1994;Ramsbottom et al., 1994.最大酸素借:森ほか,2012;Ramsbottom et al., 1994;Weyand et al., 1994;吉岡ほか,2009.酸素負債:前村ほか,2005;尾縣ほか,1998a;尾縣ほか,1998b).走スピードの低下との関係については,無酸素性能力の指標である最大酸素借や酸素負債とスピードの低下が関連を示唆する報告は,我々の知る限り見当たりません(尾縣ほか,1998a;尾縣ほか,1998b).一方で,有酸素性能力の指標である最大酸素摂取量,また,それに関連する筋毛細血管分布については,レース後半の走スピードの高さや持久的な疾走能力と関連していることが報告されています(麻場ほか,1990;尾縣,1998b).また,日本トップレベルの選手を対象とした事例的な報告において,前半型の競技者は100m走や200m走において高い競技成績を有するのに対し,後半型の競技者は,最大酸素摂取量に優れ,800m走において高い競技成績を有していたことが報告されています(尾縣ほか,2000).これらのことから,レース後半の走スピードの維持には,有酸素性能力の高さが影響していることが考えられます.さらに,走スピードの維持に関連する重要な体力因子として,筋持久力が挙げられます.尾縣ほか (1998a,2003) は,400m走中の走スピードの低下率と,50回連続の筋力発揮中のトルク低下率によって評価した股関節筋持久力との間に相関関係が認められたこと,すなわち,筋持久力に優れるものほど走スピードの低下が小さかったことを報告しています.さらにこの筋持久力は,上述した日本トップレベルの後半型の競技者が優れていたこと(尾縣ほか,2000),また,レース後半の下肢関節トルクの維持率とも関連していることが報告されています(尾縣ほか,2003).加えて,走スピード変化については評価していませんが,同様に筋持久力を反映していると考えられる30秒連続垂直跳テスト(Boscoテスト)において,400m走能力に優れる競技者は高い値を示すことが報告されています(Miguel and Reis, 2004).さらに興味深いのは,筋持久力は,400m走競技者を対象とした場合,上述したエネルギー供給能力の指標である最大酸素摂取量や酸素負債量と関係しない可能性が指摘されています(尾縣ほか,1998b;安井ほか,1998).そのため,エネルギー供給能力とは異なる特異的な体力因子である可能性が考えられ,評価のためのテストや指標の開発,能力向上を目的とした特別なトレーニングの必要性が推察されます(男子400m走世界記録保持者のMichael Johnson選手(米国)のコーチであるHart コーチは,「Strength Endurance」として,長めの距離(150m)の坂上り走や階段ダッシュ,牽引走等を行っています.Hart, 1993;Schiffer 2008).
今回は400m走における走スピードの低下に影響を及ぼす要因について,ピッチとストライド,技術(動作)的要因,体力的要因に分けて先行研究を紹介しましたが,これらと前回紹介した「ペース配分」が相互に影響を及ぼし合い,走スピードの低下あるいは維持を生じさせているものと考えられます.また,これらの要因は,影響の大きさの差異はありますが,400m以外の走種目のスピード低下においても当てはまる部分があると思います.さらに,走スピードの低下の原因は非常に複雑かつ個人差が大きいため,これらの要因を踏まえた上で,個々の競技者の特徴に応じたトレーニングおよびコーチングが必要になると思われます.
スプリントパフォーマンスにおいて,最大走スピードが最も重要であることは疑いの余地のないものですが,個々の競技者やパフォーマンスの発達段階によっては,スピード持久能力がパフォーマンス向上のための主たる要因となりえます.そのため,スピード低下に影響を及ぼす要因に関する研究を進め,スピード持久パフォーマンスの評価やトレーニング法を体系化していくことが重要であると考えられます.
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