三段跳の跳躍比について

MC1 佐伯祐真

RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして,今回コラムを担当させていただきます,MC1の佐伯と申します.昨年,環太平洋大学を卒業し,4月から筑波大学の陸上競技研究室で勉強・研究させていただいております.三段跳と走幅跳を専門種目としていて,現在も競技を続けさせていただいております.

さて,陸上競技研究室のコラムは,一昨年から始まり,様々な視点から多くの有益な情報がもたらされてきましたが,これまでに三段跳について紹介しているコラムは存在しません.そこで,今回は三段跳についてのコラムを書きたいと思います.今回着目する点は,ホップ・ステップ・ジャンプの3つの理想的な跳躍比(総跳躍距離を100%としたときの各跳躍距離の割合)についてです.三段跳の文献は数が少ないですが,跳躍比に関する話題は,20世紀半ばころから取り上げられており(Antonini,2015),三段跳に関するものの中では比較的多くの研究がされてきております.その中のいくつかの研究について紹介していきます.

三段跳は,助走と連続した3つの踏切から構成されています.力学的な観点から考えると,三段跳パフォーマンスを高めるためには,助走では,できるだけ大きな水平速度を獲得し,踏切局面では,助走で得た水平速度の減少を最小限に抑えつつ,できるだけ大きな鉛直速度を獲得することが求められます.また,三段跳のステップにおいては体重の14~22倍もの負荷がかかると言われており(Hay,1995),適切な技術により遂行されなければ,3つの跳躍を成立させること自体も困難になります.ホップ・ステップ・ジャンプの各跳躍は独立したものではなく,互いに影響を及ぼしあっていると述べられています(津田ほか,2002).例えば,ホップを大きく跳びすぎると,ステップが小さくなってしまい,その逆のことも考えられます.また,こうした関係はホップとステップに限ったことではなく,全ての局面において言えることです.また,三段跳の踏切には,基本的に,鉛直速度の獲得量が大きくなれば,その分水平速度の減少量も大きくなり,逆に鉛直速度の獲得量が小さくなれば,その分水平速度の減少量も小さくなるという関係があります.(Allen,2013;Yu,1999).これは,水平速度から鉛直速度への変換が起こるためであると述べられています.これらのことから,総跳躍距離を伸ばすための条件として,如何に3つの跳躍を適切に配分するかということが挙げられます.Antonini (2015)は,これまでの科学的研究において跳躍比は三段跳のパフォーマンスを決定する要因であることが示されていることを述べています.では,三段跳における高いパフォーマンスを達成するための理想的な跳躍比とは一体どういう比率なのでしょうか.そもそも,全ての選手に共通した理想的跳躍比は存在するのでしょうか,それとも選手によって異なるのでしょうか.また,実際にトップ選手はどんな比率で三段跳を跳んでいるのでしょうか.
  Miller and Hay(1986)は,当時の世界記録保持者を含む世界トップレベルの三段跳選手3名を分析対象とし,記録の良かった試合とそうでなかった試合での跳躍比を比較しました.その結果,3名とも記録の良かった試合では,ホップとジャンプの比率が大きく,ステップの比率が小さいという結果になりました.また,そのうち2名では特にジャンプの比率が大きくなりました.このことから,トップレベルの選手において,ホップおよびジャンプの比率を向上させることで総跳躍距離を向上させることができる可能性が示唆されています.
  植田ほか(1989)は,三段跳の競技レベルによってA群(世界一流の17m以上の選手),B群(日本の15~16mの選手),C群(日本の13m~14mの選手)に分けてそれぞれの群の跳躍比について分析し,ホップ・ステップ・ジャンプの比率がそれぞれ,A群では35.4%-30.8%-33.8%,B群では37.0%-28.7%-34.3%,C群では35.9%-29.1%-35.0%であったと報告しています.また,総跳躍距離とホップ・ステップ・ジャンプの各跳躍距離との相関関係について,A群においてはジャンプとの間に,B群においてはホップとステップとの間に,C群においてはジャンプとの間に相関関係が認められたことを報告しています.A群の相関関係については,先ほど紹介した世界トップレベルの選手を対象としたMiller and Hay (1986)の報告とほぼ同様の結果であり,B群の相関関係については,B群とほぼ同様の競技レベルの選手を対象とした深代ほか(1980)の報告した結果とほぼ一致していました.また,C群はA群と同様に総跳躍距離とジャンプが有意な相関関係を示しましたが,このことについて植田ほか(1989)は,C群はホップとステップの跳躍距離が他の群と比較して有意に小さいことからホップ・ステップで「つぶれないようにする」ため消極的となり,ジャンプで跳躍距離を伸ばそうとする跳躍になっていると考えられると述べています.これらのことから,競技レベルによって跳躍比が異なり,また,総跳躍距離を伸ばすために重視すべき局面も異なる可能性があることが示唆されています.
  Antonini (2015)は,5つのハイレベルな国際大会に関するデータを分析し,74跳躍中41跳躍(55.4%)でホップ優位型跳躍,28跳躍(37.8%)でバランス型跳躍,5跳躍(6.8%)でジャンプ優位型跳躍を示したことを報告しています(ホップ優位型跳躍とは,ホップの比率が次に大きい局面より2%以上大きい跳躍で,ジャンプ優位型跳躍とは,ジャンプの比率が次に大きい局面より2%以上大きい跳躍で,バランス型跳躍とは,最も大きい局面が,次に大きい局面より2%以上大きくない跳躍のこと(Hay,1992)).また,Antonini (2015)はジャンプ優位型跳躍を示した5跳躍のうち4跳躍において,選手が表彰台に上がっており,ジャンプ優位型跳躍を行っている選手は,踏切時の水平速度が速い傾向にあり,3つの局面を通して水平速度が維持されていることを報告しています.したがって,究極的にはジャンプ優位型跳躍が理想的な跳躍比である可能性が考えられるものの,ジャンプ局面まで水平速度を維持し,ジャンプ優位型跳躍を遂行するには高度な技術が要求されるため,ホップ優位型跳躍が最も一般的な跳躍比となっているのだろうと述べています.また,Antonini (2015)は高度な技術を要求されるが故に,ジャンプ優位型跳躍を行っている選手が少ないのだろうと述べています.この研究から,世界大会で表彰台に上がれるようなトップレベルの三段跳選手を目指すには,最後まで水平速度を維持するジャンプ優位型跳躍を目指すことが有効である可能性が考えられます.

以上が研究の紹介ですが,研究の内容をまとめると,次のようになります.
  個人によって三段跳の跳躍比はバラバラであり,全ての選手に共通した理想的跳躍比というものは存在しないということが言えます.しかし,大まかな傾向を見てみると,競技レベルごとに跳躍比の傾向および理想的跳躍比が存在している可能性がうかがえます.また,世界超一流三段跳選手ではジャンプの比率が大きい選手が多いことから,究極的には水平速度を最後まで維持するジャンプ優位型の跳躍が理想的なのかもしれません.
 最後に,参考までに世界トップレベルの三段跳選手の跳躍比を表に示しました.表1は,これまでに樹立された世界記録の跳躍比を,表2は,2011年の世界陸上テグ大会のトップ8に入った選手の跳躍比を示しています.

表1 これまでに樹立された三段跳の世界記録の跳躍比

陸上競技入門シリーズ7「走幅跳・三段跳」およびMohammed(2015)をもとに作成


表2 2011年世界陸上テグ大会の上位8選手の跳躍比

Antonini (2015)をもとに作成



参考文献:
Yu,B.(1999)Horizontal‐to‐vertical velocity conversion in the triple jump.Journal of Sports Sciences,17:221‐229.
深代千代・小林敬和・飯本雄二・菅原秀二・村木征人・宮下充正(1980)三段跳のBiomechanics‐(1)Kinematics,新体育,50(9):726‐731.
Hay,J.G.(1992)The biomechanics of the triple Jump:a review.Journal of Sports Sciences,10:343‐378.
Hay,J.G.(1995)The Case For A jump‐dominated technique in the triple jump.Track Coach,132:4212‐4219.
Miller,J.A.,and Hay,J.G.(1986)Kinematics of a World Record and Other World‐Class Performances in the Triple Jump.International Journal of Sport Biomechanics,2:272‐288.
岡野進(1989)陸上競技入門シリーズ7「走幅跳・三段跳」.ベースボール・マガジン社,pp.44‐47.
Allen,S.J.,King,M.A.,and Yeadon,M.R. (2013)Trade‐offs between horizontal and vertical velocities during triple jumping and the effect on phase distances.Journal of Biomechanics,46:979‐983.
Antonini,S.(2015)Biomechanics of the triple jump:technical,coordinative and muscular aspects.Journal of Biomechanics,46:979‐983.
津田幸保・加賀勝・高橋香代(2002) 跳躍距離と身体重心速度から見た三段跳び選手の競技レベル.スポーツ教育学研究,22:77‐84.
植田恭史・鎌田貴・古谷嘉邦(1989)三段跳における世界一流選手と日本の15~16m,13~14m選手との比較:跳躍距離,跳躍比,接地時間と滞空時間について.東海大学紀要.19:49‐56.
Mohammed,Z.,Mokkedes,M.I.,and Hassiba,D.(2015)Impact of the Distribution Ratio Properties in the Evaluation of the Technique Triple Jump Theoretical Technique.International Journal of Novel Research in Humanity and Social Sciences,2:1‐15.

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