400mHについて ~歩数は少ない方が良い?~

MC1 岩科 圭


はじめに
 RIKUPEDIAをご覧のみなさん、はじめまして。北海道教育大学岩見沢校を卒業して今年度から筑波大学大学院に入学しました、岩科圭と申します。大学では400mHのレース分析を中心に研究をし、今でも現役を続けながら400mHについての知見を探究しています。


400mHは日本人の得意種目
 さて、400mHは日本の陸上競技種目の中でも世界と戦える数少ない競技であることはみなさん周知の通りだと思います。過去にはここ筑波大学大学院を修了された山崎一彦さんが日本人で初めて世界選手権の400mHで入賞したことを皮切りに、同じく本大学院を修了された苅部俊二さん、そしてみなさんご存じの現日本記録保持者(47秒89)、為末大さんなど複数の方々が世界で活躍をしてきました。これらのことから400mHは日本のお家芸とはいかないまでも、日本陸上界では非常に注目されている競技であるといえます。したがって400mHについての研究を行うことで、日本人選手の更なる競技力向上に貢献することは、たいへん意義のあることだと考えられます。それでは、400mHのパフォーマンスを左右する要素について簡単に考えてみます。


400mHのパフォーマンスを高めるためには
 400mHは生理的要素、技術的要素、戦略的要素など非常に多くの要因がパフォーマンスに影響を及ぼすと考えられます。宮下(1991)は400mHについて、100m走のような障害物のないスプリントと比較すると疾走中にハードルがあるために動作の変容を強いられ、そのハードリングに伴い、各ハードル間で様々な変化が生じると主張しています。また、伊藤ほか(1995)は、400m 走の後半局面においては、前半と比較して、腿上げ動作が小さくなり、脚の振り出し動作が小さくなると述べています。これらのことから400mHおいても同様に、レース後半ではピッチやストライドが低下をすると考えられるので、インターバル間での歩数やハードリングも変化させる必要があるといえます。そこで、ここからは400mHにおける歩数に注目してパフォーマンスとの関係について考えてみます。


400mHと歩数の関係性
 安井(2009)が「各区間での歩数を減らすことは、パフォーマンス向上の一要因である」と推察しているように、400mHの指導現場では「インターバル間の歩数は少ない方がいい」という考え方が一般的といえます。しかしながら、この指導は必ずしも正解とは言えないかもしれません。以下の表1、2をご覧ください。このデータ(安井ほか、2008)は各区間の歩数とパフォーマンスとの相関係数を示しています。この数値は1に近づくほど関係が強くなります。安井ほか(2008)は選手をパフォーマンスごとにグループ化をして分析を行いました。
 その結果、全サンプルを対象とした場合には、どの区間においても有意な相関が認められました(安井ほか、2008)。つまり、全体的にみると400mHのタイムが良い選手ほどインターバル間の歩数は少ないということになります。しかし注目すべきは各グループ内でのデータです。Aグループ(48秒34~49秒90)においてパフォーマンスと歩数との間に有意な相関関係は認められませんでした(安井、2008)。森丘ほか(2000)は一流選手の場合、単に歩数を少なくすることよりも、選手個々に望ましい疾走フォームをできるだけ崩さずに、効率よく走れる歩数の選択を優先することが重要であると述べています。しかしB、Cグループ (50秒05~53秒99)においては数値に差があるものの、全インターバルでパフォーマンスと歩数との間に有意な相関関係が認められました(安井、2008)。一方、DやEグループ (54秒00~59秒45)ではレースの後半部分での歩数がパフォーマンスに大きく影響を及ぼしていることが明らかとなりました(安井ほか、2008)。


まとめ
 安井ほか(2008)の結果を、パフォーマンスグループごとに歩数についてまとめると以下のようになります


◆Aグループ(48秒34~49秒90)
   ⇒歩数とパフォーマンスの関係は希薄。望ましいフォームで疾走することが重要。
◆Bグループ(50秒05~51秒97)
   ⇒おしなべて全インターバルの歩数を少なくすることが重要。
◆Cグループ(52秒00~53秒99)
   ⇒全体的に歩数を少なくすることが目標。特に中盤までを少ない歩数で疾走することが重要。
◆Dグループ(54秒00~55秒99)
   ⇒後半のインターバル間での少ない歩数での疾走が重要。
◆Eグループ(56秒02~59秒45)
   ⇒中盤から後半にかけてのインターバル間の歩数を少なくすることが重要。

以上のことから、選手のパフォーマンスレベルによって歩数を少なくする部分は 異なるといえます。指導現場においては一概に「歩数を少なくしよう」とするのではなく、個々のパフォーマンスレベルを考慮した上で具体的にどの部分の歩数を改善すべきか提案することが重要といえるでしょう。もし良ければ参考にしてみてください。









参考文献:
宮下憲(1991)最新陸上競技入門シリーズ ハードル.ベースボールマガジン社:東京,pp74-78.
伊藤章・市川博啓・斉藤昌久・伊藤道郎・佐川和則・加藤謙一 (1995) アジア大会男子400mの動作分析. アジア一流競技者の技術. ベースボールマガジン社: 東京,pp.65-80.
安井年文(2009)400mハードル走の特性における実践的把握についての検討.陸上競技研究79(4):2-16.
安井年文・本道慎吾・高畠瑠衣・青山清英・一川大輔・遠藤俊典(2008)400mハードル走におけるパフォーマンスレベルによるレース分析について.陸上競技研究75(4):12-21.
伊藤章・村上雅俊・田辺智(2006)やり投げの投射条件、助走速度と記録との関係-第11回世界陸上競技選手権大会決勝進出者と日本選手の測定結果. 陸上競技研究紀要 2:159-161.
森丘保典・杉田正明・松尾彰文・岡田英孝・阿江通良・小林寛道(2000)陸上競技男子400mハードル走における速度変化特性と記録との関係:内外一流選手のレースパターンの分析から.体育学研究,45:417.

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