競技者のイメージとスキルの獲得

MC2 保坂 雄志郎

RIKUPEDIAをご覧の皆様,お久しぶりです.今回のコラムは保坂が担当いたします.前回のRIKUPEDIAでは競技者の注意・意識について,運動スキルを習得する際の注意について述べられました.今回はそれに関連して,運動スキル獲得の際の運動イメージについて紹介していきたいと思います.

皆さんは日頃のトレーニングの中で,イメージトレーニングというものをどれだけ重要視しているでしょうか?トレーニング中,その動作の直前だけ意識して行う方や,日常の生活の中でも常にイメージトレーニングを行っている方などがいらっしゃると思います.また,特に意識した事がない方もいらっしゃると思います.イメージトレーニングの有名な例として,今季フィギュアスケートの羽生結弦選手が,大技の4回転サルコウジャンプの成功率を上げることが出来た要因にイメージトレーニングの成果があったと言われています.羽生選手はトレーニング前,就寝前に成功した時の映像を毎日繰り返し見てイメージを高めていたそうです.そして,これと似たような話はスポーツ選手の間でよく耳にします.ハンマー投の室伏広治選手も,ご自身が高校生の頃は1日に何時間も,セディフ選手(世界記録保持者)とリトビノフ選手(当時世界歴代2位)のビデオを繰り返し見ていたと聞きます.このような例から,映像を見てイメージをすることと運動スキル獲得の関係について,どのようなことが起きているのか見ていきたいと思います.

では,彼末ら(2013)のレビューを基に,運動スキルの獲得過程を紹介していきたいと思います.運動イメージとは,実際の動作あるいは筋活動なしに脳内で行われる運動の表像,と定義されています(水口,2012).この運動イメージは大きく2つに区別されます.走っている自分を遠くから眺めているようなイメージは三人称的運動イメージ(third person perspective motor imagery)と呼ばれます(Rudy et al, 2001;Féry, 2003).これは視覚的な情報が主であるので視覚的運動イメージ(visual motor imagery)とも呼ばれます(冷水,2012).また,走っている自分が見ているものと同じようなイメージを一人称的運動イメージ(first person perspective motor imagery)と呼びます.これは視覚的情報に加えて,運動の衝撃,音や自己受容感覚などの要素も含まれます.これは,筋感覚が特に大きな役割を果たすので,筋感覚的運動イメージ(kinesthetic motor imagery)と呼ばれることもあります(冷水,2012).

運動のスキル獲得は,まず視覚的運動イメージを持つことから始まります.トレーニング段階ではこのイメージを真似(imitation)することから始まると言われています.試行錯誤の後に偶発的な成功が繰り返し起こると,その成功動作に必要な時空間的筋活動と筋感覚や視覚情報をもとにしたイメージ(筋感覚的運動イメージ)が持てるようになります.この筋感覚的運動イメージが定着すること,つまり,視覚的運動イメージ(三人称的運動イメージ)から筋感覚的運動イメージ(一人称的運動イメージ)への変換を行う事で、我々はスキルを獲得していきます(水口,2010).

すると,できない運動のイメージはもてていないのか?とうい疑問が生じます.体操競技のバック転をすることを一人称的にイメージしているときに一次運動野に経頭蓋磁気刺激を加え,大腿直筋から運動誘発電位を記録すると,安静時に比べて大きな振幅が得られます.これは運動をイメージすることで,その運動に働く筋を支配する皮質脊髄路の興奮性が上がることを示しています.実際に,主観的な運動イメージの鮮明さと運動誘発電位の振幅は相関し(Fourkas et al,2008),バック転のできない者は同じことをしても運動誘発電位の振幅の増加は観察することができませんでした.このことから,実際にできていない動作はイメージ(特に一人称的運動イメージ)もできていないと考えられると報告されています.

以上のことから,運動スキル獲得のためには,視覚的運動イメージ(三人称的運動イメージ)から筋感覚的運動イメージ(一人称的運動イメージ)への変換を行う必要があるようです.室伏選手や羽生選手は積極的に映像を繰り返し見ることで,これらのイメージを高めていたと思われます。以上のようなことから,選手の皆さんもイメージトレーニングを積極的に行っていくことが大切なのではないでしょうか.




参考文献:
Féry, Y.A.(2003)Differentiating visual and kinesthetic imagery in mental practice. Canadian Journal of Experimental Psychology, 57: 1-10.
Fourkas, A.D., Bonavolontà, V., Avenanti, A., and Aglioti, S.M.(2008)Kinesthetic Imagery and Tool-Specific Modulation of Corticospinal Representations in Expert Tennis Players. Cereb Cortex, 18: 2382-2390.
冷水誠(2012)行動の神経学的過程としての運動イメージ.イメージの科学,森岡周(編),三輪書店, pp.101-121.
彼末一之・水口暢章・坂本将基・中田大貴・内田雄介(2013)運動イメージとスキル. 体育の科学, 杏林書院, 63: 93-98.
水口暢章(2010)アスリートの感性とは“ボディイメージ”を描く能力である.コーチングクリニック, 24: 10-14.
Mizuguchi, N,. Nakata, H,. Uchida, Y., and Kanosue, K. (2012)Motor imagery and sport performance. J Phys Fitness and Spors Med, 1: 103-111.
Ruby, P,. and Decety, J.(2001)Effect of subjective perspective taking during simulation of action: a PET investigation of agency.Nat Neurosci,4: 546-550.

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