RIKUPEDIAをご覧の皆様,お久しぶりです.今回のコラムはホアンが担当いたします.
皆さんは普段の練習,または試合でどのようなことを意識しているでしょうか?おそらく注意の向け方は人それぞれだと思いますが,実際にある運動スキルを習得する際,何に注意を向けるのかによってその学習の成果は異なると考えられます.
そこで,今回のコラムでは注意と運動学習の関係について紹介したいと思います.
運動の学習過程においては,Paul Fittsが提唱したモデルが一般的に知られており,学習過程を認知・連合・自動の3段階に分類しています(Fitts et al, 1964).認知段階は,その運動を行うために何が必要なのかを明らかにしようとする段階であり,かなりの認知活動が必要とされ運動は比較的制される傾向にあります(ウルフ,2010).基本的な運動パターンを習得し連合段階に移行すると,運動はより効率的となり,加えて運動の一部は自動化し,注意を他の部分に向けることができるようになります(ウルフ,2010).集中的な練習の後,自動段階に到達すると,運動は大部分が自動的に行われ,運動に注意を向ける必要はほとんど無くなると言われています(ウルフ,2010).
これら運動の学習過程の変化の特徴をまとめると,運動を実行する際に向ける注意の容量は学習段階が進むにつれ減少することが分ります.そのため,熟練者は運動の他の側面や,周りの環境の変化などに注意を向けることができるようになるのです.
その一方で,熟練者がすでに自動化された運動に注意を向けすぎるとパフォーマンスが低下してしまうことが報告されています(Pijpers et al, 2005).
それでは実際に,陸上競技の短距離と競歩の競技者を対象にどのような身体意識を持っているのかについて明らかにした研究について紹介します.
稲垣ほか(1989)は,大学の陸上競技選手1306名を対象(回収率33.5%)に,自由記述により短距離走の動作に関する主観的情報を抽出し,その構造をモデル化しています.その結果,身体部位別に短距離走の動作に関する主観的情報は頭部10因子,上肢部19因子,体幹部9因子,下肢部24因子に分類されています(稲垣ほか,1989).このことから短距離走動作においては,下肢部に多くの注意が向けられていることが分ります(詳細な意識の表現については文量の関係上,割愛させて頂きます).
また,平川(2005)は男性学生競歩選手29名を対象に競歩動作に関する意識について調査を行い,その表現内容を物理的観点(時間・空間・力量)から分類することを試みています.その結果,初級者は主に歩型などの空間,中級者は過度期,上級者はリラックス感などで構成される力量を主に意識していることが報告されています(平川,2005).また,様々な統計手法による手続きを経た結果,競歩技能の習熟には,体幹を安定させ低く重心を移動させること,上肢を力強く動かし,下肢をリラックスさせて動かすこと,上肢と腰を協応させることが大切であることが示されています(平川,2005).
これらの研究成果は,普段私達がなかなか知ることのできない競技者の身体意識についてまとめているため,競技や指導の経験が少ない指導者がコーチングを行う際や,指導者のいない競技者がトレーニング行う上で利用可能な有益な知見となることが期待されます.
私自身,投てき動作と身体意識との関係を修士論文のテーマにしているため,現場の皆さんの指導に役立つような知見を提案できるように,研究に精進したいと思います.