指導者のための効果的な指導法 ~観察学習に着目して~

MC2 早狩成美

RIKUPEDIAをご覧の皆さん,こんにちは.2回目の登場となります,MC2の早狩です.

さて,グランプリシリーズと関東インカレを終え,今年度のシーズンもかなり盛り上がりを見せているように思います.そして,大会に出場した選手の皆さんは,自身の結果を受け止め,これからどのように練習メニューを組み,トレーニングに励んでいこうと考えていると思います.その際,大会での動きで改善すべきところが見られる場合,多くの選手は次の大会までその動きを改善すると思われます.一方,指導者の皆さんは,選手の動作を改善するために,様々な方法を用いて指導されると思われます.

ここで,指導者の皆さんに質問したいと思います.

「技術練習の際に選手に動作を教える,または選手の動作を確認するとき,どのような方法を用いていますか?」

多くの指導者の皆さんは,言葉のみで指導することの難しさを知っていると思われるため,「教えたい動作ができている人の動作を見せる(示範)」や,「ビデオカメラを用いて動作を確認する」などといった視覚的な方法を用いているかと思います.

この「見て学ぶ」ことを,心理学では「観察学習」と呼んでいます.この観察学習は,スポーツ・運動技能の教育場面において,技能の習得を促進する手段の一つであると言われています(伊藤,1981;石倉,2008;Magill,2003).また,観察学習には,身体的,空間的制約のある状態でも有効にトレーニングすることが可能であることや,短期的に見ると身体練習と同等の効果を得ることが可能である,などの特徴があると言われています(ハンデュラ,1979;Richerdson,1967).

しかし,この観察学習は,「注意過程」,「保持過程」,「運動再生過程」,「動機づけ過程」という4つの過程が必要であると,ハンデュラ(1975)は述べています.そこで今回は4つの過程の中の「注意過程」に着目し,観察学習を効果的に行わせるための留意点について説明していこうと思います.

① どこをみるかはっきり指摘する 示範や映像の対象には,非常に多くの情報が含まれているので,指導者は学習者にどこを見るべきかをはっきり指摘する必要があります.杉原・石井(1993)は,被験者を,見るポイントを指摘した上でビデオを見せるモデリング・ポイント群,何も言わないでビデオを見せるモデリング群,ビデオを見せないコントロール群の3群に分けました.その後,モデリング・ポイント群とモデリング群は観察した動作を,コントロール群は何も観察していない状態で動作を行わせるという実験を行いました.その結果,見るべきポイントを指摘したモデリング・ポイント群は,他の2群と比較して成績が良い傾向が認められました.つまり,見るべきポイントを具体的に指摘し,はっきり見せることで,示範や映像の効果を高めるということが重要であることが分かります.実際に指導する際は,「左足が地面に着いているときの右膝を見てごらん」というように具体的に指摘してあげると,ポイントを把握しやすいと思います.加えて学習者自身の動きを映像で見る際は,見るポイントを指摘した後に,「この右膝がもう少し前にくるようにしたいね」などといった修正点も指摘してあげることも重要です.

② よく見える位置から見せる 示範の対象と学習者との位置関係によっては,見せたいポイントが見えなかったり,見えにくかったりすることがあります.短距離走を例に挙げると,動作を見たり,ビデオで撮影したりするときは,対象の側方から見たり撮影したりすることが多いと思われます.それは,短距離走の疾走動作で重要だと考えられているポイントは,横から見ないと分からないためであることが考えられます.ビデオではなく動作を示範する際は,示範の対象と選手が対面してしまうと,左右が逆になり分かりにくいことがあるので,選手に背を向けて動作を行う方が効果的であると思います.

③ 速い動きはゆっくりやってみせる 陸上競技の短距離走などの速い動作や,円盤投・砲丸投の回転投法などの複雑な動作は,普通のスピードで見せてもポイントが分からないことがあります.このようなときは,ゆっくりやってみせることが必要になります.もしゆっくりやってみることが不可能な場合は,ビデオカメラで撮影し,スロー再生で見せることも良いと思います.

④ 継続的に何度も見せる 示範の対象やビデオは,たった1回見せるだけではあまり効果がなく,よく分かるまで何度も繰り返して見せる必要があることを工藤(1987)は 述べています.それに加えてRothstein and Arnold(1976)は,ビデオを使用した50以上の研究を概観し,観察学習の効果が認められなかった研究の多くは使用期間が短いことを指摘しています.彼らは5週間以上続けて使用することを勧めています.これらの研究から,示範の対象やビデオは,何度も繰り返して見ることと,観察学習を継続した期間行うことが重要であることが分かるかと思います.

今回は技術的な指導の際に留意してほしい点を紹介しました.技術練習の方法を模索していた方や,既に観察学習を練習に取り入れていた方も,今回紹介した留意点を踏まえた上で,練習に取り入れてみてはいかがでしょうか.

参考文献:
ハンデュラ(1975)モデリングの心理学一観察学習の理論と方法一.4-9.
ハンデュラ(1979)社会的学習理論.25-32.
石倉忠夫(2008)学習モデルと観察するだけでタイミングをどのくらい学習できるか?同志社保健体育,46:65-77.
伊藤政展(1981)運動技能の観察学習における異なるパフォーマンス水準のモデルの相対的効率.体育学研究,26(1):11-18.
工藤孝幾(1987)運動心理学入門 視覚的指導.松田岩男・杉原 隆(編)大修館書店:東京, pp.186-190.
Magill, R. A. (2003) Motor learning and control: concepts and applications.McGraw-Hill, 8.
Richardson, A. (1967) Mental practice: A review and discussion. Research Quarterly. 38:96-107, 264-273.
Rothstein, A., Arnold, R. (1976) Bridging the gap: Application of research on videotape feedback and Bowling. Theory into Practice. 1:35-62.
杉原 隆・石井美子(1993)示範(モデル提示)はどのように行えば効果的か.学校体育41(9):68-71.
杉原 隆(2008)運動学習の心理学.運動のモチベーションからの接近.大修館書店:東京, pp.90-96.

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