400m走のペース配分(レースパターン)③ -トップアスリートのペース配分の実際とモデルペース配分-

DC2 山元 康平

筑波大学陸上競技研究室院生コラム「RIKUPEDIA」をご覧の皆様,こんにちは.博士課程の山元です.秋の深まりを感じる季節となりましたが,皆様いかがお過ごしでしょうか.国内はトラック&フィールドシーズンも一段落し,駅伝&ロードシーズン,そして来期へ向けた冬期トレーニングに向け,戦略を練り動き出す時期ですね.

さて,9月下旬から10月初旬に仁川で行われたアジア大会.スプリント種目では,男子100mのF. Ogunode選手(QAT)の9.93秒のアジア新記録が大きな話題となりました.日本代表の400m関連では,男子では金丸祐三選手(大塚製薬),加藤修也選手(早大)が惜しくもメダル獲得を逃しましたが,準決勝ではともに45秒台の好記録をマークしました.そして,高校生2名が代表となった女子では,青山聖佳選手(松江商高)と松本奈菜子選手(浜松市高)が予選でともに好記録,特に青山選手は日本歴代4位となる52.99秒をマークし,決勝でも見事5位入賞を果たしました.また,両選手が1, 2走を務めた女子4×400mリレーでは7大会ぶりのメダル獲得,さらに男子4×400mリレーでは,200mを専門とする藤光謙司選手(ゼンリン),飯塚翔太選手(ミズノ)を投入し見事金メダルを獲得しました.そして忘れてはならないのは我ら筑波大学陸上競技研究室随一の変人,衛藤昂も走高跳に出場しました.結果は本人の納得のいくものではなかったようですが,来年の北京世界選手権,そして再来年のリオ五輪へ向け,さらに飛躍してくれることを期待しています.

さて,前回のコラムでは,400m走のペース配分について,幅広いパフォーマンスレベルにある多数の競技者のデータをもとに,パフォーマンスと各区間のタイムとの関係を検討したところ,「パフォーマンスの高い競技者は,レースの前半,後半ともに速いタイムで走っている」,「同じレベルの競技者であっても,レースパターンの個人差は大きい」ことが示されました.これらのことから,400m走においては,レースのどこか特定の区間が重要ということではなく,レース全体でペース配分の最適化をはかっていかなければならないこと,さらには,その最適なペース配分は,競技者個々人によって異なることが示唆されます.そして,最適なペース配分は,個人の能力特性やトレーニングの内容,実際の競技会でのコンディション等を考慮し,個々人で探求していくことが求められますが,その際には,トップアスリートをはじめとした競技者の実際のペース配分が参考になるものと思われます.そこで今回のコラムでは,様々な競技レベルにあるトップアスリートの実際のペース配分を,先行研究をもとに概観するとともに,我々が実際に多数の競技者のデータを収集することによって作成した「モデルペース配分」をもとに, 400m走のペース配分について具体的に紹介して考えていきたいと思います.

表1は,各競技レベルのトップアスリートの実際のペース配分(通過タイムや区間タイム)を示したものです.2014年現在の世界記録は,M.Johnson選手(米国)が1999年セビリア世界選手権で樹立した43.18秒ですが,このときJohnson選手は,前半の200mを21.22秒で通過し,後半の200mを21.96秒でカバーしており,前半と後半のタイム差(以下,前後半差)は0.74秒です(Ferro et al., 2001).後半の200mが21秒台?ちょっと何言っているのかよくわからないですね...特に200-300mが10.44秒という,「中盤の速さ」がJohnson選手の大きな特徴です.次に,日本記録保持者の高野進選手(当時東海大TC)についてですが,ここで示したデータは,高野選手が1988年ソウル五輪において,日本人で初めて44秒台を記録したときのものです(Bruggeman and Glad, 1990. 前日本記録).当時高野選手は,前後半差が「1秒」になるイーヴンペースを理想としており,実際にそのペースを体現することで日本記録を樹立しています(高野,1988).一方でその後,世界大会で勝負するためにはレース前半で遅れることは不利になると判断し,徹底したスピード強化を行うことで,レース前半をより速いタイムで通過する「前半型」にレースパターンを変化させ,日本記録を更新し,1991年東京世界選手権,1992年バルセロナ五輪での決勝進出を果たしたことが知られています(高野,1993).また,現在でも日本代表で活躍する金丸祐三選手(当時大阪高)が,現高校記録である45.47秒を記録した際のペース配分は,22.02秒—23.45秒(前後半差1.43秒)でした(杉田ほか,2006).普段の金丸選手は,前半の200mを21秒中盤から前半のタイムで積極的に飛ばしていくペース配分が特徴でしたが(柳谷・杉田,2005),高校記録を樹立したこのレースでは,意識的に前半のペースを少し抑え,後半のスピード低下を抑制することによって好記録をマークしていることは興味深いです.また,今年の世界ジュニア銀メダリストである加藤修也選手(当時浜名高)が,昨年の大分インターハイで大会記録をマークした際のペース配分も示しましたが,加藤選手は極端とも言える「後半型」であり,データにもその特徴が表れています(山元,2013).このようなトップアスリートの実際のペース配分は,最適なペース配分を考える上で参考になるでしょう.

一方,前述したように400m走では,同等のパフォーマンスレベルにあっても,ペース配分の個人差(タイプ)が大きく,タイプによって目標記録を達成するための効果的なペース配分は異なることがと考えられます.そこで我々の研究グループでは,5年間にわたって国内の様々な競技会においてレースを撮影し(70以上の競技会,300以上のレース,延べ2000人近い選手),その中で競技者が自己最高記録またはそれに近い記録を樹立したレースを分析することで,目標記録を達成するためのタイプ別のモデルペース配分の作成を試みました(詳細は山元ほか,2014a;山元ほか,2014b参照).表2は,そうして作成したタイプ別のモデルペース配分を示したものです.ここでは,ペース配分の特徴を手がかりに,指導現場においてしばしば論じられる「前半型「中間型」「後半型」の3つのタイプに分けて示しています.例えば,400mで48.0秒を目指す場合,「中間型」では200mを22.9秒,300mを34.8秒,後半の200mを25.1秒が目安となるのに対して,「前半型」では同様に22.5秒,34.4秒,25.5秒,「後半型」では23.2秒,35.2秒,24.8秒となり,タイプによってペース配分が大きく異なることがわかります.また,先述したトップアスリートのペース配分とモデルペース配分とを比較すると,例えば高野選手の前日本記録は,「後半型」のモデルペース配分とよく一致していることがわかります.このように,目標とする記録を達成するためのペース配分を考える際,または実際のレース分析から競技者の特徴を評価する上で,このモデルペース配分は有効な指標になることが期待できます.あくまでも多くの選手のデータから統計的に作成した「目安」ではありますが,参考にして頂ければ幸いです.

次回のコラムでは,このようなペース配分を達成するための技術的側面について,走スピードの構成要因であるピッチとストライドから考えていきたいと思います.乞うご期待.

Give me a place to stand on, and I will move the Earth. ―Archimedes.

質問・ご意見 kyama1638@yahoo.co.jp


参考文献:
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Ferro, A., Rivera, A., Pagola. I., Ferreruela, M., Martin, A., Rocandio, V.(2001)Biomechanical analysis of the 7th World Championships in Athletics Seville 1999. New Stud Athl., 16(1):25-60.
野口純正(2005)400m走のペース配分.陸上競技マガジン,55(11):88.
山元康平(2013)インターハイ・バイオメカニクス・リポート 男子400m.陸上競技マガジン,(12):145.
山元康平・宮代賢治・内藤 景・木越清信・谷川 聡・大山卞圭悟・宮下 憲・尾縣 貢(2014a)陸上競技男子400m走におけるレースパターンとパフォーマンスとの関係.体育学研究,59(1):159-173.
山元康平・宮代賢治・内藤 景・木越清信・大山卞圭悟・宮下 憲(2014b)陸上競技男子400m走におけるスピード低下量からみたタイプを考慮したモデルレースパターン作成の試み.スプリント研究,23:85-87.
柳谷登志雄・杉田正明(2005)千葉インターハイバイオメカニクス・レポート 男子400m.陸上競技マガジン,55(12):128.
杉田正明・榎本靖士・高野 進・川本和久・阿江通良(2006)2005スーパー陸上の400m走におけるタイム分析について.陸上競技研究紀要,2:92-94.
高野 進(1988)わが400mの10年間.月刊陸上競技,22:122-124.
高野 進(1993)私の400m.スプリント研究,3:57-69.

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