皆さんこんにちは,DC1の廣瀬です.前回はハンマー投とクリーンとの関係についてお話をさせていただきました.コラムを見ていただいた方から「クリーンのやり過ぎで手の皮むけた」,「俺ウエイトリフター目指すことに決めました」などなど大変ご好評をいただき,研究者冥利に尽きる所存でございます.
さてさて,本題に入っていきましょう.前回は「一般的体力」をテーマとしてコラムをお届けしましたが,今回は「専門的体力」に着目していきたいと思います.村木(1994)によると「一般的体力」は特定のスポーツ種目とは関わりなく,体力すべての構成因子のことを指し,「専門的体力」は特定のスポーツ種目でのパフォーマンスを決定づける体力因子であるとされています.このことから,専門的体力は[競技力に直結した体力]と理解できます.
専門的体力の養成手段の1つに,専門性の高い運動様式を用いた条件の下,身体に過負荷を与え,専門的筋力の養成を目的とした「レジスティッドトレーニング」,負荷を軽減して専門的スピードの向上を目的とした「アシスティッドトレーニング」の2つが存在します(Escamilla et al.,2000;村木,1994).短距離走のトレーニングを例に出すと,アシスティッドトレーニングとして前方からの牽引走や下り坂走,レジスティッドトレーニングとして,錘をつけたそりやタイヤの牽引走,上り坂走などが挙げられます(Costello,1981;村木,1994;杉本・前田,2013).
投てき競技においては,投てき物の重量の増減によって,これらのトレーニングを行うとされており,この手法のルーツは旧ソビエトやヨーロッパ諸国にあると言われています(Escamilla et al.,2000).前回のコラムにて1970年代にトレーニングの見直しが図られたと書いておりますが,その話には続きがあり,それはトレーニングの目的が専門的体力の向上にシフトしていった点です.実際の投げの運動の中で負荷を高めたり,スピードを上げたりした方が,より効率的に投げに要求される能力が鍛えられることから,投てき物の重量変化が有効なトレーニング手段の1つとして活用されたのではないでしょうか.
ここで余談になりますが,私はしがないハンマー投選手でございまして,数年前,とある◯◯国際という大会に出場させていただく機会がありました.試合当日,練習会場では外国人選手もウォーミングアップをしており,選手の1人がハンマーを投げておりました.その選手はいたって普通にハンマーを投げていたのですが,普通では無いことが1つだけ…それはハンマーを2つ持って投げていることでした.その異様な光景に度肝を抜かれた日本の選手達がザワついたことを私は今でも覚えています.ハンマー2個といえば15kg弱の重量となり,レジスティッドトレーニングの極みとも言えるトレーニングとなります.それを涼しい顔をして投げているその選手の姿にテンションの上がった私はたまらず話しかけてしまったのでした.
私:アホーイ(チェコ語でこんちわーの意).
外国人選手:なんや?
私:ハンマー2個投げるトレーニングはいつもされているのですか?
外国人選手:せやで,ジャパニーズボーイ!お前もやってみろや!!!
ジャパニーズボーイ:勘弁してください(泣).
このようなやりとりがあったとか無かったとか…1つだけ確かなことは,旧ソビエトやヨーロッパ諸国で生み出された古典的なトレーニング方法が,おとぎ話ではなく,現代においても実践されているということでした.このハンマー2個投げトレーニングに衝撃を受けたジャパニーズボーイ数名がこのトレーニングを試したところ,全く投げることができず,フォームを崩してしまったとか.その外国人選手はその後の世界選手権にてメダルを獲得しており,ずば抜けた競技力を有しているからこそできるトレーニングであると思われます.この練習方法は「筋運動感覚残効」という,錯覚を利用したトレーニングの観点からもお話をしたいのですが,これはこれで長くなってしまうのでまた別の機会にでもと思います.いずれにしても,投てき物の重量変化に関する報告(Bondarschuk,1991;Kanishevsky,1984;Konstantinov,1979)においては,重量の増減は正規重量の5%~20%程度の小さな変化領域で行われていることからも,重量増減を適正範囲内に留めることで,良いトレーニング効果が期待できるのではないでしょうか.