100m走における加速局面に求められる疾走能力

MC1 梶谷亮輔

RIKUPEDIAをご覧のみなさん,はじめまして.今回のコラムを担当いたします,博士前期課程1年の梶谷亮輔です.本年度,環太平洋大学(岡山)を卒業し,筑波大学大学院に入学しました.大学院では研究はもちろん,競技も続けております.

陸上競技研究室のコラム「RIKUPEDIA」は昨年度から始まり,コンセプトである陸上競技の理論と実際に基づいて様々な種目について紹介しています.ですが意外なことに,“スプリント種目”に関するコラムは少なく,特に100m走については未だに紹介されていません.(過去のコラムでピッチとストライドについては書かれていますが…,第14回参照)また,私は我が研究室(院生)で唯一のスプリンターです!そこで今回は,本コラム初の100m走について紹介していこうと思います.

100m走は疾走速度の変化をもとに,いくつかの局面に分けられます.主に加速局面,最大疾走局面,減速局面の3局面に分類されることが多く(Mero et al.,1992;Delecluse et al.,1995),各局面からパフォーマンスについて検討していくという流れが一般的です.特に,最大疾走局面における疾走速度が高い選手ほど,100m走のパフォーマンスが高いことが報告されている(阿江ほか,1994)ことから,最大疾走局面についての研究は数多く行われています.これらの研究により一流選手のキネマティクス的特徴が明らかとなり,“速く走るための動き”というものが明らかにされてきました(伊藤ほか,1998).しかし,最大疾走局面における動作(疾走速度が最も高いときの動作)に着目するだけで良いのか?という疑問が生じます. そもそも最大疾走速度には,加速局面を経て到達することから,加速局面の限られた時間でどれだけ加速できるかが重要になってきます. また,阿江(2001)は,最大疾走速度の出現区間について,世界一流男子スプリンターでは60m~80m,高校男子スプリンターでは50m~60mで出現したことを示していることから,より長く加速することでパフォーマンスを高められると考えられます.

そこで,加速局面についてさらに細かくみていくと・・・

スタートから最大疾走速度に到達するまでを,疾走速度,ピッチおよびストライドの変化を手がかりに,1次加速局面(0~30m),2次加速局面(30~50m)の2つに分けて論じている研究(阿部ほか,1998;羽田ほか,2003)や,スタート後8歩前後と15歩前後で分節され,3局面に分けられると論じている研究(金高ほか,2005)もあります.このように加速局面においてもいくつかの局面分けが検討されています.前述のように,実際の指導現場や指導書などでは,1次加速局面,2次加速局面の2つの局面に分けて考えるケースが多いため,そのように分けて見ていきます.

疾走速度とピッチおよびストライドとの関係では,1次加速局面ではピッチとストライドの増加により疾走速度を増加させていたのに対して,2次加速局面ではピッチは低下するが,それを上回るストライドの獲得により疾走速度の増加が起きたとしています(森丘ほか,1997; 永原ほか,2009).また,阿江ほか(1994)は,世界一流競技者では0-20m区間ではピッチの急激な増加とストライドの増加,20-40m区間ではストライドの増加により疾走速度が増加したことを報告しています.

それぞれの区間でこのような特徴があることから,

  • 1次加速局面では素早く速度を立ち上げる能力
  • 2次加速局面では長く加速できる能力
  • が必要とされ,それぞれが独立した能力であると述べています(永原ほか,2009).特に,長く加速することがパフォーマンスを高めることに繋がることや,最大疾走速度に到達する前の2次加速局面における疾走能力を高める必要性が指摘されています(阿江,2001).また同様に,松尾ほか(2008)は,10mから20m地点の通過タイムはフィニッシュタイムの優劣に関わらずばらつきが大きいため,それ以降のパフォーマンス(2次加速局面)のほうが重要であると述べています.

    以上のことから,1次加速局面(0~30m)は,急激なピッチの増加により素早く疾走速度を高めること,2次加速局面(30〜50m)は,ストライドを増加させながらできるだけ長く加速することで,疾走速度を高める必要があると言えます.特に,2次加速局面で疾走速度を高めることの重要性が多く指摘されていることから,この局面に着目してみると良いかもしれません.

    しかし,注意していただきたいのは,個々人の特徴(ピッチ型であるかストライド型であるか)でタイプは異なり,加速局面の疾走動態が異なることなども指摘されているため(内藤ほか,2013),必ずしも先述のことが正しいとは限りません.これらのことを踏まえて,選手がピッチまたはストライドのどちらに依存するのかを把握してトレーニングする必要があり、個々で効果的な加速の仕方を究明していくべきでしょう.


    図1.100m走と加速局面の局面分けおよび加速局面に求められる能力
    参考文献:
    阿江通良・鈴木美沙緒・宮西智久・岡田英孝・平野敬靖 (1994) 世界一流スプリンターの100mレースパターンの分析-男子を中心に-.世界一流競技者の技術.第3回世界陸上選手権大会バイオメカニクス班報告書.日本陸上競技連盟強化本部バイオメカニクス班編.ベースボールマガジン社:東京, pp.14-28.
    阿江通良 (2001) スプリントに関するバイオメカニクス的研究から得られるいくつかの示唆.スプリント研究,11:15-26.
    阿部孝・深代千之 (1998) ある仮説:スプリント走における各局面の主要体力要素の研究.バイオメカニクス研究,2:316-317.
    Delecluse,C.H.,Coppenolle,H.V.,Willems,E.,Diels,R.,Goris,M.,Van Leemputte,M.,and Vuylsteke, M.(1995) Analysis of 100 meter sprint performance as a multidimensional skill.Journal of Human Movement Studies,28:87-101.
    羽田雄一・阿江通良・榎本靖士・法元康二・藤井範久 (2003) 100m走における疾走スピードと下肢関節のキネティクスの変化.バイオメカニクス研究,7:193-205.
    金高宏文・松村勲・瓜田吉久 (2005) 100m走の加速局面における局面区分の検討−疾走速度,ストライド及びピッチの1歩毎の連続変化を手がかりにして−.スプリント研究,15:89-99.
    松尾彰文・広川龍太郎・柳谷登志雄・土江寛裕・杉田正明 (2008) 男女100mレースのスピード変化.バイオメカニクス研究,12:74−83.
    Mero,A.,Komi,P.V.,and Gregor,R.J. (1992) Biomechanics of sprint running.Sports Medicine,13(6):376-392.
    森丘保典・阿江通良・岡田英孝・高松潤二・宮下憲 (1997) 100m走疾走における下肢動作の変化の分析−下肢動作検出装置の開発と応用−.Jpn.J. Sports Sci, 16:111-118
    内藤景・苅山靖・宮代賢治・山元康平・尾縣貢・谷川聡 (2013) 短距離走競技者のステップタイプに応じた100mレース中の加速局面の疾走動態.体育学研究,58 : 523−538.
    永原隆・阿江通良・谷川聡 (2009) 100mスプリントの第2次加速局面における疾走動作−高い速度を得るための動作とは−.スプリント研究,19:81-83.
    戻る