コラムをご覧の皆様、こんにちは、MC1のホアンです。2014年シーズンも後半戦にさしかかってきましたね。私自身も夏のトレーニングの成果を発揮し、前半シーズンより記録を更新できるよう精進していく所存です。
さて、前回の私のコラムでは、やり投のパフォーマンスを決定する要因について説明しました。その中で投てき記録に一番影響を及ぼす因子は、初速度であると紹介しました。実際2007年大阪世界陸上競技選手権大会では、男子やり投げにおいて世界トップレベルの選手と日本代表選手の初速度には1.4m/s、距離にして約10mの差があります(田内,2010)。そこで今回のコラムでは、世界のトップレベルの選手と日本代表を比較したときに、初速度に違いが生まれる要因について運動連鎖の観点から紹介します。
運動連鎖とは一般に身体の近位部から遠位部にかけて各関節点の速度が順次ピーク値を示す現象のことであり、阿江ほか(2002)は運動連鎖によって末端部のエネルギーや速度を大きくできると述べています。運動連鎖は野球のピッチング動作やテニスのサーブ動作など、多くのオーバーハンドスイング動作に見られ(Marshall et al, 2000)、やり投のリリース局面においても上肢の運動連鎖が確認されています(Mero et al, 1994)。では、世界トップレベルの選手と日本代表選手のリリース局面における上肢の運動連鎖にはどのような特徴があったのでしょうか?
世界トップレベルの選手は、リリース局面において早い時点から体幹が投てき方向に速く長軸回転しており、体幹部と投げ手の速度ピーク値の出現点のずれ(以下位相ずれ)が大きいという特徴を有していました(田内ほか,2010)。そして田内ほか(2010)は、世界トップレベルの選手は上述の特徴により腕のしなり動作を生み、肩関節周りの筋群の伸張–短縮サイクル(SSC)を効果的に引き出すことによって、爆発的な力を発揮していたと推察しています。
対照的に、日本代表選手は肩から末端部分までの速度の立ち上がるタイミングが早く、各関節間の相対速度についても、肩に対する肘、肘に対する手首の速度の立ち上がりのタイミングが早いことから、運動連鎖の位相ずれが小さく、十分なしなり動作ができる前に投げを開始してしまっていました(田内ほか,2009)。このことが、世界トップ選手と日本代表選手との間に初速度の違いが生まれる1つの要因と考えられます。
田内ほか(2009)は、世界トップレベルと比較して、日本代表選手の運動連鎖の位相ずれが小さかった原因の1つとして、肘関節角度の違いを挙げています。日本代表選手は準備局面において肘関節角度が顕著に屈曲位であり、上肢がコンパクトに折り込まれた状態であったのです。そのため、肘が伸展位であるときと比較して、上肢–やり系全体の慣性モーメントが小さくなり、体幹に対して上肢が後方に残されにくい(前方へ引き出されやすい)状態にあったと報告されています(田内ほか,2009)。したがって、準備局面において肩の加速とほぼ同期して末端部分の速度も加速してしまうため、位相ずれが小さく十分なしなり動作を作り出すことができなかったのではと推察しています(田内ほか,2009)。
以上のことから、世界トップレベルの選手と日本代表選手の初速度に違いが生まれる1つの要因として、世界トップレベルの選手はリリース局面における上肢の運動連鎖の位相ずれが大きく肩周辺筋群のSSCを有効に利用できているということが挙げられます。 また、当時日本代表選手がインタビューの中で「力んだ投げになっていたので、意識しないうちに自分でやりを引き出しやすい位置に持って来た結果、準備局面で腕が小さく折りたたまれていたのだと思う」と述べていた(田内ほか,2009)ことからも、運動連鎖の位相ずれを大きくするためには、準備局面で力まずにリラックスすること、肘を折りたたまずにやりを遠くに残すことが1つのポイントであると言えます。