今回のテーマは「円盤の特性」です.
過去のコラムでも紹介されていますが,円盤投の投てき距離を決定する要因には,円盤投射時の初速度,投射高,投射角度,円盤の角速度,空気抵抗が挙げられます(Hay,1985).Soong(1976)は,同じ速度で投げ出された円盤が,投射角や姿勢角の違いによって投てき距離にどのような影響を与えるのかを検討しました.その結果,同じ初速度でも投射角や姿勢角によって記録にかなりの差が生じるとしています(Soong,1976).仮に初速度や投射高等の投射条件が同じであったとしても,異なる特性の円盤を用いることで空気力学的要因による影響も異なり,記録に差が生じると考えられます.そこで今回は,飛行する円盤の挙動に影響を与える,「円盤の特性」について紹介します.
まず,円盤投で使用される円盤にはいくつかの種類があるのをご存知でしょうか?(図1) IAAFの競技規則(図2)に基づき,それぞれのメーカーにより多種多様な円盤が作られており,競技者は用意された円盤あるいは自身で持ち込んだ円盤を使用します.
各メーカーの円盤は許容されている規格内で大きさや厚みが異なりますが,それらはわずかなものであり,形状の違いはほぼないと言えます(前田,1995;前田・白井,2007).一方で慣性モーメントは円盤によってばらつきが大きかったと報告されています(前田,1995;前田・白井,2007).これらの特性について表1,2にまとめました.
慣性モーメントに関する規定はないため,各メーカーは慣性モーメントを売りに円盤を製造・販売しているのではないでしょうか.それぞれの円盤の慣性モーメントの違いについて見てみると,スーパHMの実測値は175.2 kgcm2,計算値は96.4kgcm2,スーパーの実測値は168.9 kgcm2,計算値は94.5kgcm2,ユルゲンシュルツの実測値は170.3 kgcm2,計算値は96.5kgcm2,であったとされています(前田・白井,2007)(表2).
慣性モーメントは回転のしにくさを表す指標です.慣性モーメントが大きいということは,回転しにくいが,一度回転を始めると止まりにくいということを意味します.そのため,投射条件が同じであれば,慣性モーメントの大きい円盤を投げたときの方がジャイロ効果の恩恵をより一層受け,円盤の飛行が安定します(ダイソン,1972;村木ほか,1982;植屋・中村,1992;山崎,1993)(ジャイロ効果については第18回のコラム参照).しかし慣性モーメントが大きい(=回転しにくい)ということは,円盤を十分に回転させる技術や力がなければ,円盤の角速度を獲得できず,飛行が安定しない可能性も考えられます.
Soong(1976)は,円盤の慣性モーメントについて言及し,円盤は内部を空洞にして外輪部分に質量を配分する構造にすることで慣性モーメントを大きくすることができるとしています.表1のユルゲンシュルツはDENFI SPORTの製造しているJÜRGEN SCHULT ULTIMATE SPIN(図1中央)で,外輪の重量が全体の重量の約85-88%となっており(DENFI SPORTのWebページ参照),スーパーは(株)ニシ・スポーツの製造している円盤で(図1左),外輪の重量が全体の重量の80%となっています((株)ニシ・スポーツのWebページ参照).前田・白井(2007)およびSoong(1976)の報告とこれらの数値から,外輪荷重比が大きな円盤は慣性モーメントがより大きくなるということが言えます.
エッカー(1999)は,円盤の慣性モーメントが大きい方が競技会では有利になると明言していますが,円盤に高い回転数を加えるために他の条件が影響を受ける可能性も考えられるため,一概に慣性モーメントの大きい円盤を使用することが望ましいとは言えないとしています.
それでは実際に円盤投競技者はどの円盤を使っているのでしょうか?
まずは世界の競技者が用いている円盤について見ていきましょう.2013年モスクワ世界選手権で優勝したHarting選手が使用していた円盤は,DENFI SPORTが製造しているJÜRGEN SCHULT SKYMASTER(図1右)です.この円盤の外輪荷重比は72-75%であり(DENFI SPORTのWebページ参照),慣性モーメントは比較的小さい円盤であると考えられます.昨年71.84m(世界歴代4位)という好記録を投てきしたMalachowski選手も,このJÜRGEN SCHULT SKYMASTERを多く用いています.また,世界歴代2位の記録を持つAlekna選手は,慣性モーメントの大きなJÜRGEN SCHULT ULTIMATE SPIN(図1中央)を多く用いています.
次に国内の競技者が用いている円盤について見てみると,2013年日本選手権で優勝した畑山選手が使用していた円盤は,NELCO ATHLETICSが製造しているLo Spin(外輪荷重比75%,NELCO ATHLETICSのWebページ参照)であり,2013年日本ランキング1位の堤選手は,JÜRGEN SCHULT ULTIMATE SPINを多く用いています.
このように使う円盤の種類は競技者によって様々であり,一概にこの円盤を使えば良いということは言えません.
最後に円盤の特性について整理すると…
・種類の異なる円盤間の形状の違いはほぼないと言える.
・慣性モーメントが大きく,高い回転数を与えることができれば,円盤の飛行が安定する.
・高い回転数を得るために他の条件が影響を受ける可能性もあり,一概に慣性モーメントの大きな円盤がいいとは言えない.
大切なのは,このような円盤の特性を知った上で,様々な円盤を実際に投げることで,自分の体力・技術に合った最適な円盤を選択することではないでしょうか.
呼称 | 直径 [cm] |
質量 [kg] |
厚み [cm] |
中心部 [cm] |
縁 [cm] |
体積 [cm3] |
---|---|---|---|---|---|---|
スーパーHM | 22.2 | 2.01 | 4.5 | 5.0 | 1.2 | 976.2 |
スーパー | 22.2 | 2.02 | 4.4 | 5.0 | 1.2 | 973.1 |
ユルゲンシュルツ | 22.0 | 2.01 | 4.4 | 5.0 | 1.2 | 930.9 |
呼称 | 実測値 [kgcm2] |
計算値 [kgcm2] |
---|---|---|
スーパーHM | 175.2 | 96.4 |
スーパー | 168.9 | 96.5 |
ユルゲンシュルツ | 170.3 | 94.5 |