今回のコラムは博士課程1年次の廣瀬が担当させていただきます.私はハンマー投を専門種目としており,「高重量ハンマーによる投てきの特性とトレーニング」について研究を行っています.私は昨年度まで順天堂大学大学院に在学しており,4月に入学して間もないのですが,陸上研の愉快すぎるメンバーに囲まれ,戸惑いつつも陸上競技に携われることに喜びを感じながら日々を送っております.
私は以前,体力とハンマー投げとの関係を研究していたことから,「ぶっちゃけハンマーって何が強ければと飛ぶんですか?」と聞かれることがあります.実際問題この質問への回答に正解は無く,「えーと,もちろん筋力は必要なんだけどねー,でもハンマーって技術も重要だからどっちも必要だしねー」といったように研究者らしからぬ回答しかできないのが現状です・・・
技術の追求,体力の充実は永遠のテーマではあるのですが,タイトルにあるように,本コラムでは研究成果を基に,「ぶっちゃけクリーンが強ければハンマーは飛ぶのか」というところに迫ってみたいと思います.本来,体力は様々な要素が互いに影響し合うものであることから,体系的に論じる必要があると考えられます.よって,言ってしまえば極論を展開していくこととなりますので,こんな考え方もあるんだなーといった感覚でお楽しみいただければ幸いです.
廣瀬ら(2013)は最大筋力を評価するウエイトトレーニング種目(ベンチプレス・スクワット・クリーン・スナッチ)とハンマー投記録との関係を調べたところ,クリーン最大挙上重量(以下:クリーン)との間にのみ有意な正の相関が認められたと報告しています.よって,ハンマー投競技者には本コラムのメインテーマであるクリーンが重要であることが分かります.ここでさらにクリーンとハンマー投記録との関係を掘り下げるために,関東インカレレベルから世界記録保持者までを対象とした散布図を作成しました(図1).両者の関係を見たところ,やはり非常に強い相関関係が認められました(r=0.64,p<0.01).
こうなるとクリーンが強くなればなるほど,ハンマー投記録は永遠に伸びるという結論に至ります.私の知人の70mクラスの選手は「クリーンを170kg挙げれば誰でも70m投げられる」と言い切ってしまう方もいらっしゃいます.確かに,一般男子で使用されるハンマーの重量は16lb(7.26kg)であり,投てき時における最大牽引力は300kgwを超えると言われていることから(岡本,2007),最大筋力がものを言う種目であるのかもしれません.しかしこれで片付けてしまうのでは何となく腑に落ちないのではないでしょうか?(私だけでしょうか?)
そこで,区切りのよい70mを境とした上位群(国際レベル)と下位群(国内レベル)の2グループに分け,比較を行うこととしました(図2). 各グループにおける寄与率(r2)を求めた結果,70m以下のグループの寄与率は0.72であり,独立変数であるクリーンが従属変数であるハンマー投記録を72%説明できることになります.このことを簡単に言うと,70m以下のグループにおいてはクリーンがハンマー投記録に与える影響は72%であるということになります.一方の70m以上のグループの寄与率は0.02となり,クリーンがハンマー投記録に与える影響は2%であるということになります.
以上から,70mまではクリーンがハンマー投記録に大きな影響を与えると考えられますが,どうやら,70m を超える投てきをするには,ただ単にクリーンが強いだけではいけないようです.
しかしながら,なぜこのように極端な結果となったのでしょうか?このような結果に至った経緯を少しでも明らかにするために,ここでミニマムリクワイアメント(最低基準量)の話をしていきたいと思います.聞き慣れない方もいらっしゃるかと思いますが,指導現場でよく聞く「最低でも体重の2倍の重量でスクワットができるくらい筋力をつけろ」といった際の最低の数値のことを指します.ハンマー投界においては1960年代までは挙上重量を挙げられるところまで挙げていくという,挙上重量絶対主義であったのですが,70年代で頭打ちとなり,挙上重量が強い選手が強いわけではないと現場で認識され始めたのがその時期でありました.そこで,旧ソビエトのナショナルコーチBondarchuk氏が,挙上重量のミニマムリクワイアメントを経験的に生み出し,実践面で先鞭を付けて挙上重量を減らしていったとされています(村木,1998).
国際レベルの選手はひょっとすると「ただ挙げれば良い」では無く「この程度挙げていけば良い」という考えをしているのかもしれませんね.とは言え,実際に図1の回帰式から70mに必要なクリーンの値を算出すると1),約162kgであることから,必要以上の重量は扱わなくても良いものの,やはり相当のレベルが要求されるのは事実であると思われます.
本コラムでは,あえて技術についての話は一切行いませんでした.体力レベルが高いほど,技術も高度なものとなる(ボンパ,2006)とあるように,両者は,トレードオフではなく,不可分な関係にあると言えます.ある選手は「技術にスランプはあるが筋肉にスランプは無い」という名言?を残されている方もいらっしゃいます.シーズンが始まり,技術練習が増え,体力トレーニングに割く時間が少なくなった方も多いかと思います.これを機に,ご自身のトレーニングをもう一度見つめ直してみてはいかがでしょうか?