やり投のパフォーマンスを決定する要因

Hoang The Nguyen

今回のコラムは研究生のHOANG THE NGUYEN(ホアン テ ウェン)が担当させていただきます.4月からは本学の博士前期課程に進学することになりました.大学院では,やり投選手の投てき技術と身体意識との関係をテーマに研究を進めていきたいと考えています.よろしくお願いします.

それでは,やり投のパフォーマンスを決定する要因について考えていきます.やり投に限らず,すべての投てき競技において記録を決定する主な要因は初速度,投射高,投射角とされています(Hay, 1993).初速度は,リリースされた際のやりの速度を示し,単位時間あたりにやりが進んだ距離です.また,投射高はリリースされた際の地面からグリップまでの高さを示し,投射角はやりの速度ベクトルと水平線のなす角度によって示されます.リリース時に得られるこれらの情報はリリースパラメーターと呼ばれます.

これらのリリースパラメーターをもとに,理論上のやりの飛距離を算出する式が考案されています(Best and Bartlett, 1988).

L:理論距離,V:初速度,θ:投射角,g:重力加速度,h:投射高,D:投射位置 なお「D:投射位置」とは,リリース位置からスターティングラインまでの距離です(図1).

実際に先述の理論距離の計算式を元に,各要因が記録に及ぼす影響について考えて見ましょう.まず「初速度」についてです.初速度は記録を決定する最も重要な要因であることがこれまでの研究で明らかになっています(村上・伊藤, 2003;Bartlett et al.1996;Mero et al.1994).近年では,田内ほか(2010)が2007年に大阪で開催された世界選手権で決勝に進出した競技者のリリースパラメーターを分析した結果,80m以上を投げるために必要な初速度は27.9m/s,85mでは29.1m/s,90mでは30.2m/sと推定しています.

実際に,上述の計算式を用いて初速度の変化がパフォーマンスに与える影響について検討します.仮想の競技者Aの投てき時のリリースパラメーターがV:25m/s, θ:35°, h:1.7m, D:2mであったと仮定すると,理論距離は62.27mとなります.次に,競技者Aが初速度を10%増加させ27.5m/sでリリースしたと仮定すると,理論距離は70.25mとなり大幅に記録が向上します.一方で,初速度が10%低下してしまうと,理論距離は50.86mとなり,大幅に記録が低下してしまいます.

次に,「投射角」についてです.投射角は飛行中のやりに加わる空気力学的要因を決定づける要因のひとつです.理論上,最適な投射角は45°とされていますが,実際の競技では85mを越えるレベルでは37°程度,65mを越えるレベルでは36°程度が最適投射角と考えられ,記録が低くなるにしたがって最適投射角も低くなり,60mレベルでは35°程度,40mレベルでは33°程度が最適投射角とされています(村上・伊藤, 2003).実際の最適投射角が理論上の投射角よりも低くなるのは,高い投射角でリリースすればするほど,初速度を出すことが難しくなるためだと考えられます.一方で,投射角が低すぎても好ましくないと言えます.実際に,先ほどの競技者Aが投射角を30°まで下げたと仮定すると,理論距離は58.03mとなり,本来の記録よりも低下することになります.つまり,競技レベルに応じた適切な範囲内でリリースすることが求められ,投射角が高すぎても,低すぎても好ましくないと言えます.

最後に,「投射高」についてです.実際に,先ほどの競技者Aのリリースパラメーターを元に,投射高を10%増加させ,1.87mでリリースしたと仮定しても,理論距離は62.49mとなり,記録は22cmしか向上しません.このように,理論距離のシミュレーションからもわかる通り,投射高を上げても記録への影響は大きくありません.これは,体格の大きな選手が有利とされている投てき種目の中で,体格の劣る選手にとって一つの励みになるのではないでしょうか.

今回は理論距離の計算式を用いて,パフォーマンスを決定する要因について説明してきました.若山ほか(1994)は先述の式で算出した理論距離と,実際の記録で高い正の相関関係(男子:r=0.78, 女子:r=0.63)が認められたと報告しています.しかしながら,実際の競技会では今回の理論距離で評価されていない風向きや風速などもパフォーマンスに影響するため,理論距離と実際の記録は完全に一致しないと考えられます.


図1.やり投の理論距離
参考文献:
Bartlett, R.,Muller,E., Lindinger,S., Brunner,F., and Morriss,C.(1996)Three-dimensional evaluation of the kinematic release parameters for javelin throwers of different skill levels. Journal of applied biomechanics, 12: 58-71.
Best,R.J., and Bartlet,R.M.,(1996)Computer flight simulation of the men’s new rulesjavelin. BiomechanicsX I-B, Free University press: Amsterdam, pp.588-594.
Hay,J,G.(1993)The biomechanics of sports techniques (4 edition.) . Benjamin cummings: USA, pp495-500.
村上雅俊・伊藤章(2003)やり投げのパフォーマンスと動作の関係.バイオメカニクス研究,7:92-100.
Mero,A., Komi,P.V., Korijus,T., Navarro,E., and Gregor,R.J.(1994)Body segment contributions to javelin throwing during final thrust phases. Journal of applied biomechanics., 10: 166-177.
田内健二・村上雅俊・遠藤俊典・竹迫寿・五味宏生・藤井範久(2010)世界一流競技者のパフォーマンスと技術.日本陸上競技連盟: 東京, pp.176-188.
若山彰信・田附俊一・小島俊久・池上康男・桜井伸二・岡本敦・植屋清見・中村和彦(1994)やり投げのバイオメカニクス的分析.佐々木秀幸・小林寛道,阿江通良監修,世界一流競技者の技術.ベースボール・マガジン社: 東京, pp.220-238.
戻る