前回のコラム〔第6回 円盤投の投てき距離はどうやって決まる?(1)〕では,円盤投の投てき距離に影響する要因として主に1.投射速度,2.投射角,3.投射高,4.円盤の角速度,5.空気抵抗の5つを挙げ,1-3について紹介しました.今回のコラムでは,4.円盤の角速度,5.空気抵抗の2つの要因について解説していきます.
まず,円盤の角速度について説明します.円盤の角速度は,単位時間当たりの円盤の回転角(deg/s)を表しています.つまるところ円盤の角速度とは,その回転の速さだといえます.円盤を投げたことがある人は分かると思いますが,右利きの競技者が投げた場合,上から見て時計回りの回転が円盤に掛かります.山崎(1993)は,円盤に鋭い回転(速い角速度)を加えることで飛行中の円盤にジャイロ効果が発生し,ジャイロ効果により飛行が安定することで,より有効に円盤へ空気抵抗を作用させることができると述べています.また,Soong(1976)は一定数まで回転を増加させることで,円盤の飛行方向に対する,左右・前後の揺れを少なくする効果があると報告しています.話が少し難しくなりましたが,コマを例にすると,鋭い回転(速い角速度)が掛かったコマは安定した姿勢で回転時間が長くなります.円盤においても回転は,飛行中の円盤の姿勢の安定に貢献しているものと考えられます.
一方で,Soong(1976)は,円盤の回転を一定数以上増加させても,その効果は変わらないと述べています.前田(1995)も,明らかに回転数が低い円盤は,投てき距離が短くなる傾向にあるものの,円盤の角速度と投てき距離の間に有意な相関関係は認められなかったことを報告しています.円盤の角速度は速ければ速いほど良いというわけではなく,ある値を超えると投てき距離にそれほど影響しなくなると考えられます.
次に,空気抵抗について説明します.円盤は飛行中に空気抵抗による影響を受けます. Hay and Yu(1995)は,円盤投の場合,空気抵抗などを考慮せず理論的に算出した距離(以下,理論距離)と実際の投てき距離を比較すると,実際の投てき距離の方が長くなる傾向があると報告しており,この差は空気抵抗による利得距離であると述べています(図1).前田(1995)も,実際の投てき距離(90試技)と理論距離を比較した結果,実際の投てき距離の平均値は理論距離よりも,6.8m長くなったことを報告しています.加えて,前田(1995)は実際の投てき(90試技)の内,理論距離を下回っていたのはわずか8試技であったとしています.これらのことから,円盤は空気抵抗によるポジティブな影響を受けることが考えられます.
特に,空気抵抗を円盤へ有効に作用させるには,飛行中の円盤の姿勢(円盤自体の角度)が重要です.この飛行中の円盤の姿勢は,姿勢角と呼ばれています(図2).円盤の投射角に対する姿勢角の差は迎え角と呼ばれ(図2),Hay(1985)は負の迎え角が投てき距離に対して有利に作用し,投射角は35~40度,姿勢角は25~30度が理想であると述べています.前田(1995)は,投てき距離と迎え角の関係について,上に凸の二次曲線の関係(投てき距離が迎え角-15度で極大)が認められたことを報告しています.また,前田(1995)は,正の迎え角の円盤について,負の迎え角の円盤と比較すると投てき距離が短くなったことを報告しています.これらの知見から,投てき距離を長くするために,姿勢角を投射角に対して負の方向に傾けることが有効であると考えられます.
空気抵抗は円盤の姿勢以外に,風による影響を受けます.Poprawski(1994)は風速10m/sの向かい風,追い風,右側からの風,左側からの風と無風を比較した場合,右利き競技者にとって右側からの風が理想の状況に近いと報告しています.加えて,Poprawski(1994)は,右側からの風の場合,投てき方向右側に向かって右肩下がりの円盤を投げ出すことが効果的である述べています.しかし,飛行中の円盤は絶えず姿勢が変化するため,一定方向から円盤に風が当たっていたとしても,その影響は常に変化します.そのため,どのような風が最適なのか詳しいことはまだまだ分かっていないのが現状です.
2回に渡り,円盤投の投てき距離を決定する要因について解説してきました.まとめると,投射速度は速ければ速いほど投てき距離が長くなることから,距離を決定する最大の要因です.投射角や投射高,円盤の角速度や空気抵抗といった諸条件については,最適値が存在するため,それらを考慮しながら上手く調整して投げる必要があると考えられます.しかし,円盤が飛行する際の姿勢,円盤が受ける風の強さ・方向が絶えず変化し,互いの要因が複雑に影響しあっているため,まだまだ分からないことも多いというのが現状です.そうは言っても,円盤が飛行する仕組みを理解することは,効果的な技術習得のための主軸になるのではないでしょうか.たまには,グラウンドを離れて理論を勉強してみると,競技力向上の思わぬヒントが転がっているかもしれません.