疾走速度の変化パターンからみた100mHのパフォーマンス

MC1 上田 美鈴

前回(第9回)は,女子100mHの概要について紹介しましたが,今回は女子100mHのパフォーマンスについて考えてみたいと思います.

どうすれば100mHが速くなるのでしょうか?

それはこの種目を専門としている私自身も知りたいことですが,やはり一番手っ取り早いのは,スプリントそのものを速くすることでしょう.伊藤ら(1997)によると,男子110mHのハードル走速度とスプリント走速度との間には有意な相関関係が認められています.男子はハードルの高さが106.7cmであるのに対して,女子は84cmと,長身の選手であればまたげるほどの高さしかありません.理論上,身長が153cmであれば84cm程度の重心高を得られます.したがって,それほど重心の高さを引き上げなくてもハードルを越えられてしまうので,女子は男子よりもスプリント能力がそのまま影響する傾向があるとされています(Stein,2000;谷川,2007).このように,100mHのパフォーマンス向上のためにはスプリント能力の向上が不可欠であるということは,以前から多く指摘されています(Huchlekemkes,1990;森田ら,1994).実際,前回も紹介したオーストラリアのサリー・ピアソン選手は,代表リレーメンバーにも選出されるほどスプリント能力も高いです.とはいえ,ハードルを越えながら走らなくてはならないので,スプリント能力だけでハードルのパフォーマンスが決定する訳ではありません.そこで今回は,100mHにおける疾走速度の変化パターンに着目することで見えてくる,パフォーマンス向上のための要因を考えてみたいと思います.

100mHのレース中の速度変化を見てみましょう.下のグラフは,川上ら(2004)のモデルタッチダウンタイムをもとに,13.0秒から16.5秒までの選手について,9つのインターバルを前半,中盤,後半の3つの区間に分けて,その平均の疾走速度の変化を示したものです.100mHにおいては,図を見てもわかるように,14.0秒より速い選手は前半よりも中盤において速度が高まるのに対し,14.5秒以降の選手については前半区間が最も速度が高くなっていることが分かります.これらの選手がパフォーマンスを向上させるためにはどうしたらよいのでしょう. 前半区間で最も高い速度が出現する14.5秒以降の選手については,前半で出現する速度をその後まで維持する能力がないと考えられます.そのため,スプリント能力の向上により最大疾走速度を向上させることに加えて,速度低下を押さえられるようなハードリング技術の習得が必要であると考えられます.前半よりも中盤で速度が高くなる,14.0秒よりも速い選手については,上記と同様スプリント能力の向上に加え,中盤区間でのインターバルのリズムアップを意識して最大疾走速度を高められるようなトレーニング,そして加速区間を考慮した,速度を高められるようなハードリング技術が必要であると考えられます.そしてさらに上のレベルの12秒台の選手になると,速度の高まっている中でインターバルをきざみ,速度の低減をいかに押さえられるかという速度維持能力も求められます.そのため、そのレベルになると,ハードル走特有のインターバルランニングの習得も必要であるということも示唆されています(谷川,2002).またスプリントハードルは,アプローチ局面において最大疾走速度の80%程度を獲得しているため(礒,2006),アプローチ区間でいかに速度を高められるかということも非常に重要であると言えます.

以上のように,100mHのパフォーマンス向上のためには,レベルや能力にあわせてトレーニングを行うことが必要となります.下の表に示した100mHのモデルタッチダウンタイムが(川上ら,2004),トレーニングの際の指標として非常に有効であると考えられます.インターバルタイムとパフォーマンスとの間に有意な相関関係が認められていることからも(川上ら,2004;杉浦ら,2006),目標とするゴールタイムからインターバルタイムを設定したり,練習の時のインターバルタイムからゴールタイムを予測したりするなどということが,現場でのトレーニングにも生かされると考えられます.川上ら(2007)は,このモデルタッチダウンタイムを考慮したリズムドリルとパフォーマンスの関係性を検討し,5台のハードルをインターバル8.0m,高さを76.2cmで設定したリズムドリルを行うことによって得られたリズムが,前半のインターバルに大きく影響を与えているということを報告しています.また,水平速度を高める工夫として,レースパターンを考慮した台数やインターバルなどの設定が必要であるということも示唆しています.実際現場でも,正規よりもインターバルを短くしたり高さを低くしたりして練習している選手は多いようです.このような様々なデータを利用して計画的にトレーニングを行うことが,パフォーマンスの向上にも繋がると考えられます.


図.女子100mHの3区間ごとの平均速度(川上ほか,2004をもとに上田作成)
表.100mHのモデルタッチダウンタイム(川上ほか,2004より上田作成)
100mHタイム(秒)12.5013.0013.5014.0014.5015.0015.5016.0016.5017.00
アプローチタイム(秒)2.582.632.682.732.782.832.882.932.893.03
平均区間タイム(秒)0.981.021.071.111.161.201.251.291.341.38
前半平均(秒)0.991.031.071.101.141.181.221.251.291.33
中盤平均(秒)0.961.011.051.101.151.191.241.281.331.38
後半平均(秒)0.981.031.081.131.181.231.281.331.381.43
最高区間タイム(秒)0.951.001.041.081.131.171.211.251.291.32
参考文献
Huchlekemkes, J. (1990)Model Technique For the Women’s 100Meter Hurdles.IAAF journal New Studies in Athletics,12:3769−3766.
礒 繁雄(2006)110mハードル走のコーチング視点−14秒から13秒中盤の選手を対象として−.スプリント研究.16:41−43.
伊藤 章,富樫 勝(1997)ハードル走のバイオメカニクス的研究:スプリントとの比較.体育学研究,42:246−260.
川上小百合,宮下 憲,志賀 充,谷川 聡(2004)女子100mハードル走のモデルタッチダウンに関する研究.陸上競技紀要,17:3−11.
川上小百合,宮下 憲,渡邉信晃(2007)モデルタッチダウンタイムを考慮したリズムドリルと100mHパフォーマンスとの関連性−13秒台の女子ハードル選手を対象として−.陸上競技研究,4:45−50.
Mcdonald,C. and Dapena,J.(1991)Linear kinematics of the men’s 110-m and women’s 100-m hurdles races.Medicine and science in sports exercise,23(12):1382−1391.
森田正利,伊藤 章,沼澤秀雄,小木曽一之,安井年文(1994)スプリントハードル(110mH,100mH)および男女400mHのレース分析.日本陸上競技連盟強化本部バイオメカニクス研究班 世界一流競技者の技術:66-87.
Stein, N. (2000)Reflection on a change in the height of the hurdles in the women’s sprint hurdles event.New studies in Athletics,15(2):15−19.
杉浦絵里,宮下 憲,安井年文,一川大輔(2006)女子100mハードル走における13秒台競技者のレースパターンに関する一考察.陸上競技研究,64:12−21.
谷川 聡,宮下 憲,高松潤二,安井年文,金子公宏(2002)ハイハードル走のインターバルランニングに関する研究.スプリント研究,12:43−53.
谷川 聡(2007)世界トップレベルの男子110mおよび女子100mハードル競走の競技特性.陸上競技学会誌,特集号:46−54.
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