400m走のペース配分(レースパターン)①
 -様々な種目のペース配分について-

DC1 山元 康平

筑波大学陸上競技研究室院生コラム「RIKUPEDIA」をご覧の皆様,こんにちは.博士課程の山元です.

今回でこのコラムも11回目となりますが,その間に読者の皆様からは「RIKUPEDIAというタイトルはどうなのか?」「お前たちは歴史・記録の研究室なのか?」「そもそもRIKUPEDIAというタイトルは??」など様々なご意見・ご要望が寄せられているようです. 我々も皆様のご要望にお応えできるよう,試行錯誤しより内容のクオリティを高め,タイトルを変更する方向で考えていければと思います.今後ともご指導・ご鞭撻のほど,何卒よろしくお願い申し上げます.

さて,私の前回の担当(第2回)から4か月近く経ちましたが,その間,国内ではインターハイや国体,国際大会では世界選手権など,主要な競技会が多数開催されました. 400m走は,世界選手権において男子で43秒台が記録されるとともに,国内では高校生が活躍し,男子では加藤修也選手(浜名)が高校歴代2位となる45秒69,女子では国体で5名の選手が53秒台を記録するなど,国内外で多くの好記録が生まれました.

400m走のパフォーマンスには,様々な要因が関係していますが,そのひとつにペース配分(レースパターン)を挙げることができます.ペース配分は,実際にレースを見る際には目が行くところであるとともに,選手やコーチからの関心も高いものであると思います.

前回も述べたように,私は「レース分析をもとにした400m走のコーチング」を研究テーマとしており,卒業論文から,400m走のペース配分(レースパターン)の研究を早××年行っています. その関係もあり,選手からは「速くなるにはどんなペース配分がいいのか?」といったような質問をよく受けます.私としては,「そんなもん俺が一番知りたいわ!(机ドン!)」と言いたいところですが,今回はこの「400m走の効果的なペース配分」について,他の走種目との比較から考えていきたいと思います.

動物であるヒトが全力疾走を行う場合,走スピードの変化と時間との間には,性別や年齢,トレーニングの有無などに依存しない一定の法則性があることが知られています(小木曽ほか,1997). 第一に,スタートから約5~7秒で走スピードは最大に達すること(Debaere et al., 2013;Hirvonen et al., 1987;小木曽ら,1997),また第二に,スタートからの平均走スピードは,スタートから約15秒で最大となり,それ以降低下すること,が明らかとなっています(小木曽ほか,1997). したがって,これらの時間を越えるような運動においては,スタートから全力疾走することが必ずしも適切とは言えず,パフォーマンスを最適化するためには,適切なペース配分が必要となります. そして,適切なペース配分は,運動種目(運動時間)によって異なることが明らかとなっています.

Abbiss and Laursen(2008)は,様々な運動種目のペース配分(Pacing Strategy)について検討し,ペース配分は大きく以下の6種類に類型化できるとしています.

① 漸増型ペース (Negative pacing strategy)

② オールアウト型ペース (All-out pacing strategy)

③ 漸減型ペース (Positive pacing strategy)

④ イーヴン型ペース (Even pacing strategy)

⑤ 放物線型ペース (Parabolic-shaped pacing strategy)

⑥ 変化型ペース (Variable pacing strategy)

図は,陸上競技の様々な種目におけるペース配分を示したものです.横軸は距離,縦軸は走スピードとなっています.種目によって軸のスケールが異なるので単純な比較はできませんが,この図をもとにそれぞれのペース配分の概要を見ていきたいと思います.

①の漸増型ペースは,レース中およびレースの後半に走スピードが増加するペースであり,図ではDの5000m(あるいはEのマラソン)に該当します.このようなペース配分は,運動時間が2分を越える中~長距離種目において有効であるとされています(吉岡ほか,2005).

②のオールアウト型ペースは,スタートからほぼ全力疾走を行うペースであり,図では Aの100mに該当します.前述したように,ヒトが全力疾走を行えるのは約5~15秒であることが示されていますが,約30秒以内の運動であれば,このオールアウト型ペースが有効であると考えられています(Abbiss and Laursen, 2008 ; Keller, 1974). 陸上競技の正式種目では,100mや200mが該当し,特殊種目も含めると,300mでは少し苦しいといったところでしょうか.

③の漸減型ペースは,レース後半に向けてスピードが低下するペースであり,図ではB やCの400mや800mに該当します.このペース配分については,次回以降により詳しく紹介したいと思いますが, 特徴として,約30秒~2分程度の運動において見られ,他のペース配分と比較してスピードの低下が顕著に大きいことが挙げられます. そして,スピードの低下が大きすぎてはいけないことは言うまでもないですが,一方で,小さすぎる場合も,十分に力を発揮し切れないことにつながるでしょう. したがって,これらの種目における効果的なペース配分を考える際には,「スピードの低下を最適化する」という視点が重要になると考えられます.

④のイーヴン型ペースは,レース中のスピードがほぼ一定となるペースであり,図ではEのマラソンが該当します(ただし,マラソンは後半ペースアップが起こる漸増型ペースとみることもできる). このペース配分は,長距離種目において有効であると考えられ,目標記録をもとに適切なペース配分を容易に考えることができます.

また⑤の放物線型ペースは,スピードがアルファベットのUやJのような形の変化,すなわち,レース中盤で一度大きくスピードが低下し,後半再度増加するようなペース配分であり,中盤での牽制や終盤でのラストスパートなど,より勝負を重視したレースにおいて見られるペースと言えます. また,⑥の変化型ペースは,レース中にスピードの増減が見られるペース配分であり,長距離種目のゆさぶりや,風や地形(上り坂・下り坂・カーブなど)に対応する形で見られるペースであるとされています.

以上のように,陸上競技のペース配分は,大きく分けて6種類あり,それぞれの種目によって効果的なペース配分が異なることが明らかとなっています. 種目によってペース配分が異なるのは,主にエネルギー供給システムなどの生理学的要因と関係していると考えられますが,今回は詳細については割愛します. また,その中でも400m走は,レース後半に大きくスピードが低下する漸減型ペース(Positive pacing strategy)が有効あることが示唆されています. そして,漸減型ペースでは,「スピードの低下を最適化する」という視点を持つことが重要であると考えられます.では,「どの程度」のスピードの低下が適切なのか?その程度は選手によって異なるのか?スピード低下に影響を及ぼす要因は何なのか? これらの疑問について,次回以降のコラムで考えていきたいと思います.乞う御期待.Passion for the killer sprint!!!

参考文献:
Abbiss,C.R. and Laursen,P.B.(2008)Describing and understanding pacing strategies during athletic competition. Sports Medicine, 38(3): 239-252.
BMW BERLIN-MARATHON 2013(2013)2013 Result. Person details. http://results.scc-events.Com/2013/?content=detail&fpid=search&pid=search&idp=00001705C9AF370000336C32&lang=EN&event=MAL.(accessed 2013-11-17)
Debaere,S., Jonkers,I., Delecluse,C(2013)The contribution of step characteristics to sprint running performance in high-level male and female athletes. J. Strength Cond. Res. 27(1):116–124.
Ferro,A., Rivera,A., Pagola.I., Ferreruela,M., Martin,A., and Rocandio,V.(2001)Biomechanical analysis of the 7th World Championships in Athletics Seville 1999. New Stud. Athl., 16(1):25-60.
Graubner,R and Nixdorf, E(2011)Biomechanical analysis of the sprint and hurdles events at the 2009 IAAF world championships in athletics. New Stud. Athl., 26(2):19–53.
Hirvonen, J., Rehunen, S., Rusko, H. and Harkonen, M. (1987) Breakdown of high-energy phosphate compounds and lactate accumulation during short supramaximal exercise. Eur. J. Appl. Physiol. Occup. Physiol., 56 : 253 – 259.
門野洋介(2011)中距離走のレースパターンにみられる共通性と個性.バイオメカニクス研究,15(3):96–100.
Keller,JB(1974)Optimal velocity in a race.AM Math Monthly,81(5):474–480.
小木曽一之・串間敦郎・安井年文・青山清英(1997)全力疾走時にみられる疾走スピードの変化特性.体育学研究,41:449-462.
吉岡利貢・山本 章・高嶋 渉・鍋倉賢治(2005)5000m走パフォーマンスに及ぼすペース配分の影響.陸上競技研究,60(1):24-32.
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