スプリントに必要な股関節屈曲筋

DC3 村山凌一



 こんにちは.筑波大学大学院博士後期課程3年の村山凌一です.
 昨今のCOVID-19の影響でめっきりおうち時間が多くなりました.SNSに目を向けると国内外問わず,様々なトレーニング?を行っているアスリートを見ることができます.外でトレーニングができない状況でも,工夫して家の中でできるトレーニングを行っている様子を見ると敬服するばかりです.競技場で目一杯走れる日まで,できることを工夫して行っていきましょう.

 さて,今回は,陸上競技の基本である「スプリント」に重要なトレーニングは何かについて考察していくとともに,重要であるにもかかわらずトレーニング種目が少ない部位に着目し,そのトレーニングをご紹介したいと思います.

 

スプリントに必要な能力
 スプリント種目に関する研究はこれまで数えきれないほど行われてきています.これまでの研究から,スプリント能力向上のためには,最大疾走速度の向上が必要不可欠であることが明らかにされており,これはもはや多くの方がご存知のことでしょう. では,この最大疾走速度はどのようにして高めることができるでしょうか?

 「最大疾走速度を高める」という問題を解決するために,多くの研究者が最大疾走速度に関連する体力や動作を明らかにしてきました.中でも1991年の世界陸上東京大会のデータを分析した研究は,昨今の日本の短距離種目発展の礎といえるでしょう(伊藤ほか,1998:100m中間疾走局面における疾走動作と速度との関係).この研究に始まり,その他の研究においても明らかにされてきた確かなこととして,疾走中の股関節伸展および股関節屈曲動作が最大疾走速度に関連していることが挙げられます.

   具体的には,回復脚における腿上げ速度,脚の後方振り戻し速度,接地脚における脚全体の後方スイング速度が高いことが重要であるといわれています.さらにこうした動作を生み出しているのは筋であることから,股関節伸展および股関節屈曲動作を支える筋の重要性が報告されています.
 これについては,スプリントとそれにかかわる筋について紹介した過去のコラムをご覧ください(第105回「スプリント走中の筋活動」).したがって体力の観点から見ても,股関節周りの筋力を高めることはスプリントのパフォーマンスを向上させるうえで必要不可欠と言ってよいでしょう.このことからスプリント能力すなわち最大疾走速度を高めるために鍛えるべきは,股関節周辺の筋力であることがわかります.

   股関節周辺の筋群について,多くの現場の指導者やアスリートは自らが必要な体力として理解しているのかもしれません.
 その実,多くのアスリートはトレーニングでスクワットや,バウンディング,ノルディックハムストリングスなどといったトレーニングを現場に出る際にはお見受けいたします.

   トレーニング効果のほどはさておき,こうしたトレーニングは主として大腿の後面である股関節伸展筋群を鍛えるトレーニングであることが伺えます.股関節伸展筋群は先にも述べたスクワットや,バウンディング,ノルディックハムストリングスなどのトレーニング種目からも鍛えることは可能そうです.さらには日常生活においても椅子から立ち上がる,階段を昇るといったことも股関節伸展筋群のトレーニングなり得るでしょう.対して反対の大腿部前面である股関節屈曲筋群を鍛えるトレーニングはどんなものが考えられるでしょうか?
 腿上げや,足上げ腹筋のようなものが想像されますが,日常生活においても股関節を屈曲する動作を行う場面はあまり多くなさそうです.

   日本トップスプリンターのトレーニングと脚の筋の大きさを記録した研究(新井,2004)によると,股関節屈曲筋群は鍛錬期においてはあまり発達せず,シーズン中に発達したことが報告されています.これは,シーズン中に取り入れられるスピードトレーニングや実際の競技会において「最大速度で走る」という運動が股関節屈曲筋群の発達を促進している可能性を示唆しています.
 つまり,股関節屈曲のトレーニングは全力で走る機会がなければ激減してしまうとも言えるでしょう.

   このことを昨今の状況と合わせて鑑みると,競技場の封鎖や競技会の中止によって,本来股関節屈曲筋群をトレーニングする絶好のチャンスである「最大速度で走る」という行為を行えない可能性が考えられます.このことから,これまでは長いシーズンを通して無意識に鍛えていた股関節屈曲筋群のトレーニングが年間で足りなくなる現象が起きてしまうことも考えられます.したがってスプリント能力向上のために,股関節屈曲筋群のトレーニングを積極的に行うことが必要不可欠です.
 以上のことから,股関節伸展と屈曲どちらの能力も重要であることからどちらも積極的に行うことが望ましいでしょう.中でも股関節の屈曲筋は,日常生活においても使われず,トレーニングにおいても全力で走ることができなければなかなか鍛えられない部位であることから,股関節屈曲のトレーニングをより積極的に行うことが重要であると考えられます.

   最後にチューブを用いた股関節屈曲トレーニングを紹介します.



チューブを用いた股関節屈曲トレーニング


   ポイントは股関節を伸展位にした状態から始め屈曲位にそしてまた伸展位にする事です.

   これまでの研究でも述べられてきた通り股関節屈曲のトレーニングは股関節伸展のトレーニングに対して多いとは言えません.したがって,股関節屈曲トレーニングをみんなでシェアしていくとより多くのトレーニングができるかもしれません.ぜひ皆さんもチャレンジしてみてください.
参考文献
伊藤章ほか(1998)100m中間疾走局面における疾走動作と速度との関係.体育学研究,43(5-6): 260-273.
新井宏昌・渡邊信晃・高本恵美(2004)国内一流女子スプリンターにおけるトレーニング経過にともなう形態的.体力的要因と疾走動作の変化.体育学研究,49:335-346.
2020年5月25日掲載

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