コーチの職務と求められる知識

DC2 水島 淳


 RIKUPEDIAをご覧の皆さま,こんにちは。DC2年の水島淳です。前回のコラムでは,「コーチの学び」について書かせて頂きました。あれから早1年以上が経つわけですが,振り返ってみると,仕事と研究活動を通して,あらゆる角度から日々陸上競技について学べており,改めてこの環境に身を置けることを有り難く感じています。

 さて,今回のコラムでは,「コーチの職務」それから,「コーチに求められる知識」に関して考えていきます。

 組織や会社には,一般的に個人の職務内容(目的,責任,職務範囲,労働条件)を示したJob descriptionというものがあります。当然ながらコーチという仕事にも職務内容があるはずですが,日本ではこれまでコーチの職務に焦点当てた研究はほとんど行われていません。

 「コーチの職務」について考える上で,先ず始めにコーチングの目的を再確認したいと思います。図子(2014)は,高度専門職業人としてのコーチが目指すコーチングの目的を,競技力の向上と人間力の育成に分類し,それらがコーチングにおけるダブルゴールであると報告しています。また,Côté and Gilbert(2009)は,目的が如何に達成されているか把握するための観点として,選手の有能さ(Competence),自信(Confidence),人との繋がり(Connection),そして人間性(Character)の4つのC(4C’s)を提示しています。これらのことから,コーチングの目的は,競技力の向上と人間力の育成を達成し,4C’sを育むことと言えそうです。

 次に,コーチングの目的を達成するための職務内容について,ICCE(International Council for Coaching Excellence)が発行したThe International Sport Coaching Framework(2013)に記された「コーチの機能」の分類をみてみたいと思います。

1)ビジョンと戦略の設定
 コーチは,選手のニーズや発達段階,さらには組織や社会文化的背景を考慮した上で,選手と共に納得できるビジョンと戦略を設定します。

2)環境整備
 コーチは,選手の育成に必要なリソース(施設等のハードウェア環境のみならず,人的環境や育成システムを含む)を揃え,その環境を最大限に活かせるシステムを構築します。

3)人間関係の構築
 コーチは,選手のみならず,クラブや学校,連盟や選手育成に関連する組織との良好な関係を構築します。

4)練習の実施と大会への準備
 コーチは,有効的なコーチングの技術(練習計画,デモンストレーション,観察,フィードバック等)を用いて,選手の学びと成長を促すための適切な練習を実施します。同時に,育成計画に沿った試合計画を立てます。

5)現場への理解と対応
 コーチは,選手たちの競技シーンのみならず,育った家庭環境,交友関係,地域性などの背景を多角的に理解した上で,現場を適切に理解し,対応します。

6)学習と省察
 コーチは,選手の育成システムについて,短期的(日々の練習や試合毎),そして長期的(シーズン毎)に評価し,省察します。さらに,自身のコーチング能力を向上させるよう努めると共に,他のコーチの育成もサポートします。

 もちろん対象者の参加目的(楽しみや健康を重視するか,パフォーマンスの向上を重視するか等)や年齢(子ども,青年,成人等)によって,さらにはコーチ自身のポジション(アシスタントコーチなのか、ヘッドコーチなのか等)によっても,その機能は異なりますが,おおよそ「コーチの職務」の全体像がみえてきました。

それでは,「コーチの職務」を果たすために,「コーチに求められる知識」はどのようなものでしょうか。Côté and Gilbert(2009)は,より効果的なコーチング活動を実施するためには,3つの知識(専門的知識,対他者の知識,対自己の知識)が必要であると述べています。

1)専門的知識
 専門的知識とは,当該スポーツのルールや技術,またスポーツ科学(スポーツバイオメカニクス,スポーツ心理学,スポーツ栄養学,トレーニング学等)に関する知識,そしてそれらをどのようにして指導するかに関する知識を指します。

2)対他者の知識
 対他者の知識とは,他者(選手のみならず,アシスタントコーチ,保護者,その他専門家などのステークホルダー)との関係性をより良く保つための知識を指します。

 

3)対自己の知識
  対自己の知識とは,省察や内省など経験を知識に変換するための知識,自己を認識するための知識のことを指します。

 「コーチに求められる知識」というと,専門的知識が真っ先に思い浮かべられそうですが,これまでみてきた「コーチの職務」を果たすためには,やはり上記3つの知識をバランス良く獲得する必要がありそうです。

 陸上競技コーチの皆さま,陸上競技コーチを育成される立場にいらっしゃる皆さま,今一度本コラムを基にして,ご自身で「陸上競技コーチの職務」それから,「陸上競技コーチに求められる知識」について思考を巡らせ,日頃のコーチング活動の整理,また優れたコーチの養成および研修の方策に役立てて頂けましたら幸甚です。


図 Functional coaching competence and coaching knowledge (ICCE, 2013)


d50h60@gmail.com
水島 淳

参考文献
A., Collins, D., & Martindale, R. (2006). The coaching schematic: Validation through expert coach consensus. Journal of Sports Sciences, 24(6): 549-564
Côté, J., & Gilbert, W. (2009). An integrative definition of coaching effectiveness and expertise. International Journal of Sports Science and Coaching, 4(3): 307-323
2020年1月28日掲載

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