意志力のすゝめ

MC2 伊藤明子

1.はじめに

RIKUPEDIAをご覧の皆様
 今回のコラムを担当します,博士前期課程2年の伊藤明子です.皆さんは,自分の意志が強いと思いますか?筆者は自分の意志が弱いと思っています(おやつが我慢できない,論文が計画通りに進まない…).私たちは行動に対して日々,意志を使って選択をしながら生きていることを経験的に理解しています.しかし,意志が目に見えないために,自分のいったい何が弱くて行動をコントロールできないのかわからない状態になってしまいます.意志は,日常生活ではもちろん,競技場面でも大きな役割を果たしていることが明らかになっています.それでは,意志とは一体何なのでしょうか?

 

2.意志力とは

 意志とは,努力を調整したり行動を抑制したりするための自己制御を表し,それを実行する能力が意志力であると言われています(Baumeister,Vohs,& Tice, 2007;Bray et al.,2015).この意志力の測定を試みた例として,『クッキーの実験』をみてみましょう.


    クッキーの実験

 Baumaister et al.(1998)は,意志力の量に限りがあるのかを探るために,空腹の学生たちをクッキーと生のラディッシュが置いてある部屋に集め,下記の2グループに分けました.

  ① クッキーも生のラデッシュも食べてよいグループ(クッキー・グループ)
  ② 生のラディッシュしか食べてはいけないグループ(ラディッシュ・グループ)

 その後,総合的な忍耐力を試すパズルのテストを行いました(図1).
 その結果,クッキー・グループの学生は20分間パズルに挑戦し続けたのに対し,ラディッシュ・グループの学生は,8分でパズルのテストへの挑戦を諦めてしまいました.本研究では,ラディッシュ・グループの学生は,クッキーを我慢することに対して意志力を使ってしまったことで,パズルのテストへの挑戦を諦めたいという気持ちに克つことに対する意志力が残っていなかったと結論付けています.
   

 
図1 クッキーの実験の概要
 
(Baumaister et al.(1998)の行った実験結果をもとに筆者作成)


   この実験を含めた複数の実験(Baumeister et al.,1998;Baumeister Vohs & Tice,2007)によって,以下のことが明らかになりました.

  ① 意志力の量には限りがあり,それは使うことで消耗する
  ② すべての行動に用いられる意志力の出どころは1つである

 

3.意志力の源になるエネルギー

 クッキーの実験で意志力が減ってしまった原因は何なのでしょうか.意志力の源になるエネルギーの1つにグルコースがあることが明らかになっています.Boyle et al.(2015)は,40名の被験者を,砂糖入りのジュースを飲むグループ,人工甘味料入りのジュースを飲むグループに分け,その後,意志力を図るためのテストを実施させました.
 その結果,砂糖入りのジュースを飲んだグループの方が,意志力が高くなっていたことが示されました.一方で,砂糖は,血中のグルコース濃度を急上昇および急降下させるため,意志力を高める効果は一時的なものに留まります。効果を持続させるためにはGI値(Glycemic Index)の低い(食品が体内で糖に変わり血糖値が上昇する速度が遅い)食べ物を選択し,血中のグルコース濃度を一定に保つことによって,意志力を一定に保つのが良いと考えられます.さらに,睡眠不足も意志力の低下および意志決定などのプロセスに影響を与えることがわかっています.このように,意志力を最大限に活用するためには,適当なタイミングでGI値の低い食品を摂取し,十分な睡眠時間を確保することで,意志力の消費を最小限に抑えられると考えられます.

 

4.意志力は鍛えられるのか

 意志力を鍛える1つの方法としてバウマイスター(2013)は,「習慣的な行動」を変えることが効果的であると言われています.自分で決めた目標を必ず達成する習慣をつけるといった,1つの習慣で鍛えた意志力が,他の場面に転用できるということです.これは,「すべての種類の行動に用いられる意志力の出どころは1つである」という先ほどの話と一致しています.
 さらに,意志力とスポーツパフォーマンスとの関係も明らかになっています.デューダー・ボンパ(2006)は,トレーニングによって有酸素性能力・無酸素性能力・筋力等,様々な能力を高めることがパフォーマンス向上のために重要であることを述べた上で,「疲労を克服しながら継続して運動を行う場合,意志力は重要な役割を果たす」,「運動中に強くなっていく疲労という大きな障害を克服する強い意志を持つことによって持久力は最大限に発揮される」と,意志力の重要性について述べています.つまり,意志力が枯渇すると運動の継続が難しくなるということです.これらのことを鑑みると,私たちがレースや練習の後半に意識したいことがなかなかできなくなってくるのは,骨格筋疲労だけではなく意志力が枯渇している可能性もあるということです.

 

5.おわりに

 意志力は,骨や筋に負担をかけずにトレーニングできることがわかりました.怪我等で,慢性的に身体に痛みを感じている人は,痛みを無視しようと努力することで意志力を消耗してしまうため,常に意志力が足りない状態である可能性があります.痛みを我慢してトレーニングするのではなく,新しい視点で,意志力の強化に取り組んでみてはいかがでしょうか.

 
参考文献
ロイ・バウマイスター,ジョン・ティアニー,渡会圭子 訳(2013)Will Power 意志力の科学.インターシフト
Baumeister R.F.,Bratslavsky E.,Muraven M.,& Tice D.M. (1998) Ego-depletion: Is the active self control a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology,74:1252–1265
Baumeister R. F.,Tice D. M.,Muraven M.(1998)Self-control as a limited resource: Regulatory depletion patterns.Journal of Personality and Social Psychology, 74:774–789
Baumeister R.F.,Vohs K D.,Tice M.D.(2007)Strength Model of Self-control.Current Directions in Psychological Science,16:351-355
Boyle N. B.,Lawton C.L.,Dye L.,Croden F.,Smith K., Allen R.(2015)No effects of ingesting or rinsing sucrose on depleted self-control.Performance Physiology & Behavior,154:151-160
Bray S.R.,Graham J.D.,Saville P.D.(2015)Self-control training leads to enhanced cardiovascular exercise performance.Journal of Sports Sciences,33(5):534-543
テューダー・ボンパ,尾縣貢+青山慈英 監修(2006)競技力向上のトレーニング戦略―ピリオダイゼーションの理論と実際―.大修館書店
2019年11月1日掲載

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