急性傷後のアイシングについて

MC1 大久保玲美

RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.今年度筑波大学大学院に入学しました,MC1年の大久保玲美です.昨年度までは理学療法士として働いており,進学した現在はアスレティックトレーナーの勉強をしております.専門種目は大学までは競歩でしたが,大学院では長距離走者を対象に研究をしていきたいと考えております.よろしくお願いします.
 さて,今回のコラムでは「アイシング」をテーマにご紹介させていただきます.アイシングはスポーツでの急性外傷リハビリテーションにおける患部のケアに広く使用される療法ですが,今回は特に急性外傷後のアイシングについてまとめさせていただきます.
急性外傷とは転倒,衝突などの1回の外力により組織が損傷されることで,より一般的な言葉でいえば“ケガ”に当たります.
 早速ですが,皆さんは肉離れなどのケガをしてしまったときにアイシングをしていますか?また,アイシングを,ケガをしてから何日間続けますか?

アイシングは肉離れなどの急性外傷が生じたとき,その炎症を抑える対策として有効な方法です.
 外傷後,組織に炎症が起こるのは生体の恒常性を保つために必要な防御性反応です(小笠原,2015).しかし,その炎症を放置してしまうと,損傷組織周囲に十分に酸素や栄養分がいかなくなったり,浮腫によって圧迫されたりして,周囲の正常な細胞が二次的にダメージを受けてしまいます.これにより,治療に長時間を要することとなります(中野ほか,2017).
   

 
急性外傷後にアイシングを実施すると,
① 代謝の低下
② 一次的血管収縮
③ 毛細血管透過性の低下
④ 神経活動の低下
⑤ 筋紡錘活動の低下
 などといった生理学的な作用により,炎症の拡大を抑えることができ,早期治癒,早期復帰につながります(中野ほか,2017).
 特に,アイシングによる代謝の低下作用が急性外傷の炎症の拡大を抑えるうえで最も重要な作用とされています.(Knight, 1997)アイシングによって代謝は低下し,細胞の酸素需要が低下します.外傷後の炎症を放置しておくと周囲組織が低酸素状態に陥り,また炎症過程で産生される細胞を消化する酵素が広がって周囲組織が二次的にダメージを受けてしまいます.これが炎症の拡大を招き,治癒に長期間を要することになってしまいます.アイシングによる代謝の低下に伴う組織細胞の酸素需要の低下は,損傷組織周囲の正常な細胞の二次的な破壊を防ぎ,炎症の拡大を抑制します.
 また,体表面の局所的な冷却により血管収縮や,毛細血管透過性が低下し,これによりリンパ液の生成減少,浮腫の形成が抑制されます.この作用も外傷直後の応急処置として重要な浮腫の抑制に対して応用されます(坂本,2013).


また,外傷後のアイシングは圧迫とともに用いられることが多く,圧迫を用いたほうが効果が高いとされています(土屋ほか,2015).外傷後の応急処置としてよく知られているRICE処置は,寒冷療法(ice)に加えて,患部を安静とし(rest),圧迫を加え(compression),心臓よりも高い位置に挙上(elevation)します.これによって外傷後の炎症を最小限に抑えます.ここまでが急性外傷直後の初期治療(応急処置)です.

では,外傷後のアイシングをいつまで継続すればよいのでしょうか.
 下の図は軟部組織(筋,腱,靭帯,脂肪,皮膚など)の治癒過程を表した図になっています.



① 炎症期

 損傷から3日の間に生じます.炎症の5徴候,①発赤(赤い)②発熱(熱い),③腫脹(はれている),④疼痛(痛い),⑤機能障害(動かない)が見られます.
 初めの数時間以内に漿液性の浸出液が貯留し,周辺組織に浮腫が生じます.多核白血球とリンパ球は損傷後2~3時間で損傷部に遊走してきます.24時間で単球が出現し,2-3日にわたって増え続け,損傷局所で最も多く見られます.単球と貪食細胞とは壊死に陥った組織や細胞の破片を盛んに貧食します.炎症の末期には線維芽細胞が出現し,癩痕組織の細胞間基質を作り始めます.

② 増殖期

 損傷後3日から4-6週間続きます.炎症が沈静化し,治癒が始まります.線維芽細胞が主体となり,活発に細胞間基質を合成します.線維芽細胞の他に貧食細胞と肥満細胞が認められます.

③ 成熟期

 損傷後2-12ヶ月の間に生じます.治癒した組織が収縮し抗張力が増します.修復期の終わりからこの時期のはじめにかけて,線維芽細胞と貧食細胞との数が徐々に減少します.  (Knight,1997)

 

注意したいのは,炎症期が過ぎて組織の治癒が始まってからもアイシングを続けてしまうと,組織の修復を邪魔してしまう可能性があるということです.これは,アイシングによる血管収縮作用によって血流を阻害し,組織形成のために必要な酸素や栄養分の補給を阻害しまうためです.
 受傷後3-4日間を目安に,炎症状態を確認しながらアイシングを行うようにしましょう.

最後に,これまで述べたアイシングは急性外傷直後に行うアイシングについてであり,overuseによる慢性障害※1に対するアイシングや,コンディショニングを目的として行うアイシング(クーリング)とは区別が必要です.
 急性外傷の応急処置としてアイシングは有効ですが,炎症が落ち着いてからもアイシングを実施し続けると,組織の修復を遅らせてしまう可能性があるため,期間には注意してアイシングを実施するようにしましょう.
 ※1 慢性障害とは,急性外傷と比較して比較的長期間に繰り返される過度の運動負荷により生ずる筋肉,腱,靭帯,骨,滑膜などの慢性炎症性変化です.



参考文献
Knight KL.(1997)クライオセラピー.田渕健一監修.ブックハウスHD
小笠原一生(2015)アイシングが生体に及ぼす効果.臨床スポーツ医学,32:480-483.
中野治郎・沖田実(2017)寒冷療法.公益財団法人日本体育協会,公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト第7巻アスレティックリハビリテーション.公益財団法人日本体育協会,pp73-77
坂本雅昭(2013)寒冷療法の基礎と生理学的作用.網本和ほか編,物理療法学.医学書院, pp. 63-66.
土屋明弘・佐藤謙次・小松絵梨子(2015)アイシングの適応と注意点.臨床スポーツ医学,32:484-487
2019年7月12日掲載

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