スプリント中の骨盤の動き〜水平面編〜

MC1 酒井 佑

RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.
今年度,立教大学から筑波大学大学院に進学致しました,酒井佑(さかいたすく)と申します.専門種目は400mです.よろしくお願い致します.

今回私が紹介するテーマは「スプリント中の骨盤の動き〜水平面編〜」です.

スプリンターの皆さん,骨盤の動きを意識して走ったことはありますか?おそらく1度は骨盤の動きを意識して走ったことがあるかと思います.今回は水平面編ということで,骨盤を前後に回旋させる動き,いわゆるヒップスイングの動きにフォーカスして紹介していきます.まず始めに,複雑な骨盤の動きを理解するために歩行と走行での骨盤の動きの違いを見ていきましょう.

歩行と走行での骨盤の動きの違い

実は歩行と走行では骨盤の動きは異なっています(伊藤,2005;Saunders et al.,2005).まず歩行時では,接地期全体を通して接地脚が伸展(後方に蹴る)すると共に接地脚側の骨盤も後方に回転します(図1).

図1 歩行時の骨盤の動き

対して走行時では,接地期後半からは前方回転をしており,これは歩行時とは逆方向の回転となります.(図2).
図2 走行時の骨盤の動き

 

なぜこのような違いが起こるのでしょうか.それは,走行では離地前から骨盤を前方回転させることにより,脚を素早く前方に移動させる準備動作を行なっているからです(松尾, 2006).つまり,走行時では足が離地してから骨盤を前方回転させては遅いということも意味します.ここまでは歩行と走行の骨盤の動きの違いを説明してきましたが,それをいかにしてトレーニングへ活用し,パフォーマンスへと昇華できるでしょうか.

   トレーニングへの活用  

土江(2004)は,動作解析によって得られた走行時接地期後半の骨盤の前方回転は,自身の腰部を後方に残すようにキックを強調するという主観的なイメージとは逆であったと報告しています.そこで,腰部を後方に残さず脚に先行してリードさせるように前方回転の意識をした結果,ピッチの低下を抑えることができ,100mにおける自己ベストの更新(10”21)やアテネオリンピック4×100mリレーの第1走者をつとめ,4位に入賞することができたと述べています(土江,2004).このように事例的ですが,離地前から骨盤を前方回転させる意識を持つことで,スプリントフォーム改善につながったことを示した例が報告されています.

しかし,前述した意識を持つには,動かすタイミングや動かし方などに注意が必要です.長距離走と同様に,スプリントにおいても出力したエネルギーを有効に利用することが重要です(阿江,2001).阿江(2005)は,回復期に脚が振り出される動作に意図的に腰の回転運動を加えて脚を振り出そうとすると関節力パワーが末梢に流れ,左右の脚のエネルギー交換がうまくできずに上半身の揺れが生じるため,最適な骨盤の前方回転を始めるタイミングは離地の直前直後としています.

また,力学的エネルギーを効率的に流すには,一方の骨盤を前方に回転させるときにもう一方の骨盤は固定させなければならないとも述べています(阿江,2005).右側は前方に,左側は後方にというように,左右の骨盤がそれぞれ逆の方向に回転してしまうと,左右の脚のエネルギー交換が効率良くできなくなってしまうためです(図3).

図3左右の骨盤がそれぞれ逆の方向に回転するモデル

目指すべき動作の具体例としては,右足接地の接地期後半には右脚側の骨盤が前方回転しますが,同時に左脚側の骨盤も後方回転させるのではなく,左脚側の骨盤は固定させておくという動作が挙げられます(図4).このように動作のタイミングや動かし方に注意を払わないと,効率の良い力学的エネルギーの交換を行えずに,パフォーマンスがむしろ下がってしまうことも考えられます.


図4 右足接地時の接地期後半に左脚側の骨盤を固定させるモデル

他にも,先述したような歩行と走行の骨盤の動きの違いに着目した研究では,走行中の骨盤の回転は歩行中のそれよりも著しく小さかったこと,歩行では骨盤の回転を大きくすることでストライドを増大させ速度も増加させていたが,走行では骨盤の前方回転の加速によって速度を増加させていたことが報告されています(深代,2014;伊藤,2005).これらの報告から走行時には骨盤の回転の大きさではなく,骨盤の前方回転をより加速させることが重要であると示唆されています(深代,2014).

まとめ
以上の報告から,タイミングと動かし方に注意しながら離地前から骨盤の前方回転を意識することは,ピッチ低下の抑制につながるようなフォーム改善に役立つことが示唆されています.骨盤の動きは複雑ですが,スプリンターの皆さんも興味があればぜひ取り入れてみてください.ここまでご覧になって下さりありがとうございました.次回からは矢状面や前額面から見た骨盤の動きや,肩と骨盤の動きなどについて紹介していく予定です.



参考文献
阿江通良(2001)スプリントに関するバイオメカニクス的研究から得られるいくつかの示 唆.スプリント研究,11:15-26.
阿江通良(2005)骨盤をうまく使うと何が変わるのか-スポーツバイオメカニクスの立場から.月刊トレーニングジャーナル,27(12):12-15.
深代千之(2014)日本人は100メートル9秒台で走れるか.祥伝社,pp.74-77.
伊藤章 (2005)ランニング中のヒップスウィング〜ランニングとウォーキングでは骨盤が逆に動く〜.月刊陸上競技,8:176-178.
松尾彰文(2006)走動作の骨盤と肩の動き.体育の科学,56(3):162-167.
Steven W. Saunders,Anthony Schade,David Rath,and Paul W. Hodegs(2005) Changes in three dimensional lumbo-pelvic kinematics and trunk muscle activity with speed and mode of locomotion.Clinical Biomechanics,20:784-793.
土江寛裕(2004) VICON を用いた動作のチェックについて.第2回JISS国際スポーツ会議抄録集,p.37.
2018年11月29日掲載

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