長距離選手にストレングストレーニングは有用か?

MC1 奥野哲弥

RIKUPEDIAをご覧の皆様,博士前期課程1年の奥野です.

みなさんは「ストレングストレーニング 」という言葉を聞いたことがありますか?

ストレングストレーニング とは,筋力,パワー,筋持久力のみならずスピード,バランス,コーディネーション等の筋機能が関わるすべての体力要素に不可欠な能力の向上を目的としたトレーニングのことを言います.これは、単に力発揮の大きさの向上だけでなく,状況に応じて適切に筋活動をコントロールするための「神経-筋系全体の能力」の向上を意味しています(NSCA JAPAN,online).ストレングストレーニングにはウェイトトレーニングだけでなくストレッチングやスピード&アジリティトレーニング、プライオメトリクストレーニングなども含まれます.短距離選手や投擲選手、跳躍選手はストレングストレーニングを行う人も多いと思いますが、長距離選手の中にはストレングストレーニング、特にウェイトトレーニングをあまり行わない人も多いかと思います.果たして長距離選手はウェイトトレーニングをはじめとしたストレングストレーニングにはどのような効果があるのでしょうか?

ランニングエコノミーとストレングストレーニング

ランニングエコノミー(running economy:RE)とは一定スピードでのランニングなどの最大下運動課題に対する酸素摂取量とされており(Cavanagh and Kram,1985),車で言うところの燃費が良いか悪いかという指標です.多くの研究でREと長距離パフォーマンスには深い関わりがあると報告されています(Di Prampero et al.,1993;Weston et al.,2000).REの向上には持久性トレーニングが有用であると言われていますが,競技歴が長く、競技力の高い長距離選手は単純な持久性トレーニングではREの向上が小さいとされています(Saunders et al.,2004).そこで近年,そのような長距離選手のRE向上に有用な練習としてストレングストレーニングが注目されています.

長距離走は持久的な運動と言われていますが,筋力や弾性エネルギーの利用なども重要な役割を果たしています(Paavolainen et al.,1999).ストレングストレーニングを行うことはこれらの無気的な能力を向上させ,結果的にREが改善されることが示唆されています(Bulbulian et al.,1986:Houmard et al.,1991).実際に,ウェイトトレーニングおよびプライオメトリクストレーニングを用いた研究について紹介します.

ウェイトトレーニング

ウェイトトレーニングを行うことにより,力の立ち上がり速度が向上したり(Aagaard et al.,2002),相対的な力が減少したりする(Ploutz et al.1994)ことでREが向上すると考えられている(Turner,2011).Storen et al.(2008)は継続的にトレーニングしている長距離選手を対象に8週間の高重量ウェイトトレーニングを行ったところREが向上したと報告しています.さらに,Millet et al.(2003)はエリートトライアスロン選手(平均最大酸素摂取量が69 ml/kg/min)を対象とした研究で,ウェイトトレーニングと持久性トレーニングを組み合わせて行うことにより,持久性トレーニングのみ行った場合と比べてREがより向上したことを報告しています.これらはウェイトトレーニングを行うことによってREが向上する可能性を示唆しています.

プライオメトリクストレーニング

プライオメトリクストレーニングとはバウンディングやジャンプ、ホッピングなどに代表される,極めて短時間の運動であるとともに,高負荷型の反動動作を伴ったトレーニングです(図子,2012).このプライオメトリクストレーニングは運動単位(1つのα運動ニューロンが神経支配する筋繊維数)の増加および筋腱系のスティッフネスの向上による弾性エネルギーの貯蔵および利用の効率化がなされ,そのことによるREの向上が期待できます(Paavplainen et al.,1999;Spurrs et al.,2003;Turner et al.,2003).Paavolainen et al.(1999)は神経筋的機能の向上によりREが改善することを提唱しており、実際に習慣的にトレーニングを行っているランナーを対象に9週間のプライオメトリクストレーニングを行わせ、その結果REおよび5kmの記録が向上したことを報告しています.同様に、6週間のプライオメトリクストレーニングによってRE,3kmパフォーマンス,筋腱系のスティッフネス,力の立ち上がり率が向上したという報告もあります(Spurrs et al.,2003;Turner et al.,2003).これらのことから、プライオメトリクストレーニングは神経筋的能力の向上を介してREの改善が期待できると考えられます.

まとめ

今回は長距離パフォーマンスに重要な要因の1つであるREはストレングストレーニングにより改善が期待できることを紹介させていただきました.しかし、未だにエリートランナーを対象としたREとストレングストレーニングの関係に関わる研究は少なく、さらなる発展が待たれています.また,ウェイトトレーニングやプライオメリクストレーニングは故障のリスクも大きいため、行う際には必ず、適切な知識を持ち指導を行える専門家の下で行いましょう.



参考文献
Aagaard,P.,Simonsen,E.,Andersen,J.,Magnusson,P.,and Dyrepoulsen, P.(2002)Increased rate of force development and neural drive of human skeletal muscle following resistance training.J.Appl.Physiol.98:1318-1326
Bulbulian,R.,Wilcox,A.R.,and Darabos,B.L.(1986)Anaerobic contribution to distance running performance of trained cross-country athletes.Medicine and Science in Sports and Exercise;18(1):107-13
Cavanagh,P.R.,and Kram,R.(1985) The efficiency of human movement a statement of the problem.Medicine and Science in Sports and Exercise,17 (3),304-308.
Di Prampero,P.E.,Capelli,C.,Pagliaro,P.,Aantonutto,G.,Girardias,M.,Zamparo,P.,and Soule, R.G.(1993)Energetics of best performances in middle-distance running. J.Appl.Physiol.;74(5):2318-2324
Houmard,J.A.,Costill,D.L.,Mitchell,J.B.,Park,S.H.,and Chenier,T.C.(1991)The role of anaerobic ability in middle distance running performance.Eur.J.Appl.Physiol.Occup.Physiol.;62(1):40-3
Millet,G.P.,Jaouen,B.,Borrani,F.,and Robin,C.(2002)Effects of concurrent endurance and strength training on running economy and VO2 kinetics. Medicine and Science in Sports and Exercise;34(8):1351-1359
NSCA JAPAN(2018)ストレングス&コンディショニングとは
https://www.nsca-japan.or.jp/01_intro/sandc.html (参照日2018年10月8日)
Paavolainen,L.,Hakkinen,K.,Hamalainen,I.,Nummela,A.,and Rusko,H.(1999)Explosive strength training improves 5-km running time by improving running economy and muscle power.J.Appl.Physiol.;86(5):1527-33
Ploutz,L.,Tesch,P.,Biro,R.,and Dudley,G.(1994)Effect of resistance training on muscle use during exercise. J.Appl.Physiol.76:1675-1681
Saunders,P.U.,Pyne,D.B.,Telford,R.D.,and Hawley,J.A.(2004)Factors Affecting Running Economy in Trained Distance Runners.Sports.Med.2004;34(7): 465-485
Spurrs,R.W.,Murphy,A.J.,Watsford,M.L.(2003)The effect of plyometric training on distance running performance. Eur.J.Appl.Physiol.;89 (1);1-7
Storen,O.,Helgerud.J.,Stoa,E.,and Hoff,J.(2008)Maximal strength training improves running economy in distance runners.Medicine and Science in Sports and Exercise;40:1087–1092.
Turner,A.M.,Owings,M.,and Schwane,J.A.(2003)Improvement in running economy after 6 weeks of plyometric training. J.Strength.Cond.Res.;17(1):60-67
Turner,A.M.(2011)Training the Aerobic Capacity of Distance Runners: A Break From Tradition.Strength and Conditioning Journal;33(2):39-42
Weston,A.R.,Mbambo,Z.,and Myburgh,K.H.(2000)Running economy of African and Caucasian distance runners.Medicine and Science in Sports and Exercise;32(6):1130-4
図子 浩二(2012)特集:スポーツにおける反動動作 プライオメトリクス.体育の科学;62(1):44-50
2018年10月17日掲載

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