円盤は残すべき?

DC4 前田 奎

Rikupediaをご覧の皆さま,今回コラムを担当いたします,博士課程の前田です.今回は,久しぶりに私の専門種目である円盤投についてのコラムになります.

私が高校生の頃は,「とにかく円盤を肩よりも後方に残して遅らせる」というような指導を受けていました.一方で,私の個人的な印象になってしまいますが,近年では,「円盤を残さず,むしろ回転方向に進める(いわゆる“円盤を走らせる”)」といった指導も見受けられるようになってきていると感じます.円盤は残した方がいいのでしょうか?それとも,残さない方がいいのでしょうか?

多くの指導書(小野,1973;尾縣,1990;金子,1988;佐々木ほか,1991)において,右足接地から左足接地にかけて,左腕や素早い左脚の動作によって下半身を先行させて体幹の捻転を作り出し,左足接地時に円盤をできるだけ後ろに残しておくことが重要であるとされています.また,円盤が後方に残っているかどうかを表す,肩に対する腕の角度および腰に対する肩の角度(図1)は,円盤の水平投射速度に影響を与えることも示されています(Hay,1985;Stepanek,1990).このように複数の文献において,円盤を後方に残すことは,投てき距離を大きくする上で重要な要因となり得ることが示唆されています.なぜ,円盤を後方に残すことが投射速度に影響を与えると言えるのでしょうか?

図1 肩に対する腕の角度および腰に対する肩の角度
                 

まず,円盤投において,投てき距離に最も大きな影響を与える要因は,投てき物をリリースする瞬間の速度(投射速度)であることが,多くの研究で報告されています(Badura,2010;Bartlett,1992;Hay,1985;Hay and Yu,1995;前田ほか,2017;Schlüter and Nixdorf,1984).投射速度は,競技者が投てき動作中に,円盤に作用させた力によって増加します(Hay,1985).つまり,投てき動作中に,円盤に大きな力を長く作用させることが,投射速度を高める上で重要であると考えられます.円盤に作用させることのできる力の大きさは,競技者の能力(体力など)に依存することが推察されます.また,指導書(Hay,1985)や円盤投に関する研究のレビュー(Bartlett,1992)において,円盤の軌跡を長くすることで,円盤に長い時間力を作用させることができることが示されています.すなわち,左足接地時に円盤が肩よりも後方に残っていることによって,リリースまでの円盤の軌跡が長くなり,円盤に長い間力を作用させることができるため,投射速度が高くなり,投てき距離も大きくなるということが考えられます.これらのことから,大きな投てき距離を達成するために,「円盤を残す」という指導を行うことは,あながち間違いではなさそうです.

「円盤を残す」ことについて,前向きな結果を報告した研究(Hay,1985;Bartlett,1992)がある一方で,先述した肩に対する腕の角度および腰に対する肩の角度とパフォーマンスとの関係について検討した研究(Leigh and Yu,2007)において,「円盤を残す」という指導を覆すような結果が示されています.Leigh and Yu(2007)は,42名の女性円盤投競技者と51名の男性円盤投競技者を対象に,3次元動作分析を行い,肩に対する腕の角度や腰に対する肩の角度を含めたいくつかの動作要因と投てき距離との関係について検討しています.その結果,女性競技者では,投てき距離の大きな競技者ほど,左足接地時の肩に対する腕の角度および腰に対する肩の角度が大きかった,すなわち体幹を大きく捻転させて,円盤が残っていたのに対して,男性競技者では,そのような傾向は認められなかったことが報告されています(Leigh and Yu,2007).この結果から,女性競技者に対しては,「円盤を残す」という指導は有効かもしれませんが,男性競技者に対しては,必ずしも有効であるとは限らないと考えられます.さらに,世界選手権の上位3名の競技者を対象とした研究(山本ほか,2010)においても,腰に対する肩の角度が増加していたのは主に空中局面(左足離地から右足接地にかけて)であったことから,世界上位の競技者が左足接地時に意識的に円盤を残そうとしていたとは考えにくいということが示されています.これらの研究の結果を考慮すると,とにかく「円盤を残す」ことが正しいというわけではなさそうです.結局,どうするのがいいのでしょうか…?

「円盤を残す」ことによって,投射速度が高まり,投てき距離が大きくなることの背景は,上述した文献からある程度説明できました.それでは,「円盤を残さない」ことで,投てき距離は大きくなるのでしょうか.昨年日本記録を更新した堤選手は,自身の投てき動作を解説し,「円盤投において,最も円盤に遠心力がかかる位置は,両肩の延長線上,肩の高さにラインを作ったところです.したがって,常にその位置に円盤を置き続けることができれば,遠心力を最大限活用できるということになります」と述べており,「右手を遅らせない」ことをポイントの一つに挙げています(堤,2014).「右手を遅らせない」ということは,「円盤を残さない」とほぼ同義であると言えます.同じ投てき種目であるハンマー投では,遠心力を利用して投てきを行うとされており(岡本,2007),このことは回転運動によって物体を投てきする円盤投においても同様であると考えられます.したがって,「遠心力」をうまく利用して投てきするためには,「円盤を残さない」ことが有効であるかもしれません.

今回のコラムでは,「円盤を残すべきかどうか」について,明確な回答を提示することはできませんでした.Leigh et al.(2008)は,扱う円盤の重量について,男性競技者が女性競技者よりも重たいため,男性競技者では筋力がより重要であるかもしれないと述べています.Leigh et al.(2008)の指摘も考慮すると,男性競技者が用いる2kgの円盤を,肩よりも後方に大きく残して投げようとするには,ある程度筋力が必要になると考えられます.それぞれの競技者の形態や筋力を考慮した上で,円盤を大きく残して投げてみたり,円盤を残しすぎずに投げてみたりすることで,自分に適した方法を探ってみてはいかがでしょうか.



文献
Badura,M.(2010)Biomechanical Analysis of the Discus at the 2009 IAAF World Championships in Athletics.New Studies in Athletics,25:23−35.
Bartlett,R.M.(1992)The biomechanics of the discus throw:A review.Journal of Sports Science,10(5):467−510.
Hay,J.G.(1985)The Biomechanics of Sports Techniques(3rd Edition).Prentice−Hall:Englewood Cliffs,pp.481−495.
金子今朝秋(1988)投てき競技総論,円盤投げ.陸上競技指導教本.日本陸上競技連盟編,大修館書店,pp.187−234.
Leigh,S.and Yu,B.(2007)The associations of selected technical parameters with discus throwing performance:A cross-sectional study.Sports Biomechanics,6(3):269−284.
Leigh,S.,Gross,M.T.,Li Li.and Yu,B.(2008)The relationship between discus throwing performance and combinations of selected technical parameters.Sports Biomechanics,7(2):173−193.
前田 奎・大山卞圭悟・広瀬健一・尾縣 貢(2017)円盤投における並進運動に関するパラメータと円盤の初速度との関係.陸上競技学会誌,15:35-46.
尾縣 貢(1990)円盤投.佐々木秀幸ほか編 スポーツQ&Aシリーズ 実践陸上競技−フィールド編−.大修館書店:東京,pp.173−183.
岡本 敦(2007)ハンマー投の牽引力に体重の与える影響.環境経営研究年報,6:51−53.
小野勝次(1973)円盤投げ.陸上競技の技術.講談社,pp.198−199.
佐々木秀幸・岡野 進・恩田 実(1991)円盤投げ.シリーズ絵で見るスポーツ⑰陸上競技.ベースボール・マガジン社,pp.141−154.
Schlüter,W.and Nixdorf,E.(1984)Kinematische Beschreibung und Analyse der Diskuswurftechnik.Leistungssport,6:17-22.
Stepanek,J.(1990)Findings of the IAAF biomechanical research concerning shot put.In:Brüggemann,G.P.and Rühl,J.K.(Eds.)Techniques in athletics.Cologne:Deutsche Sporthochschule,pp.625-628.
堤 雄司(2014)連続写真で見る陸上競技の技術.月刊陸上競技,3:134−135.
山本大輔・伊藤 章・田内健二・村上雅俊・淵本隆文・田邉 智・遠藤俊典・竹迫 寿・五味宏生(2010)円盤投のキネマティクス的分析.日本陸上競技連盟バイオメカニクス研究班編,世界一流陸上競技者のパフォーマンスと技術:第11回世界陸上競技選手権大阪大会:日本陸上競技連盟バイオメカニクス研究班報告書.日本陸上競技連盟,pp.189-200.
2018年9月18日掲載

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