無駄な力,入ってませんか?

MC1 杉浦澄美

RIKUPEDIAをご覧の皆様

はじめまして.今回コラムを担当します,MC1年の杉浦澄美です.
専門種目は走高跳で,現在も競技を続けています.学群の頃は体力学研究室に所属していました.よろしくお願いいたします.

早速ですが皆さん,「肩の力を抜け!」や「もっとリラックスして!」というアドバイスをもらった経験はありませんか?また,緊張した場面やここぞ!という場面で,力が入りすぎて思ったように動けないという経験はありませんか?これは一体何なのでしょうか?

今回のコラムでは,これらの原因である「無駄な力」についてご紹介いたします.

「無駄な力」とは?

前述のような場面では,「力んだ」という表現をよく耳にします.これこそ,筋が「無駄な力」を発揮している状態であると考えられます.実は,ヒトにとって上手に力を抜く方が上手に力を入れるよりも,難しいことなのです.筋収縮では,Hennemanのサイズの原理に従って,筋繊維を支配する神経の直径が細く神経支配比の小さい運動単位から順に動員されます.一方で,筋を弛緩させる場合はこの順序が逆になり,神経支配比の大きな筋から弛緩されます.そのため,細かな調節を行いながら力を抜くことが難しいのです(大高ほか,2014).そのため,「運動の発達は抑制の発達」と言われており,運動の習熟・熟練には,どれだけ「無駄な力」を抑制することができるかが深く関わっています(木塚,2004).


図1:最適な力発揮に至るまでの運動習熟段階別の力発揮戦略の変遷                  
 (木塚,2004をもとに筆者作成)

図1は,運動の熟練段階による力発揮戦略の変化を模式的に示したものです.初期段階(初心者)では,主動作に直接関係のない「無駄な力」が,力発揮の妨げとなり適切な力発揮レベルに到達しない,または主動作自体の強すぎる力発揮が「無駄な力」になってしまっています.そのため,あわてて力を入れたり抜いたりしなければならず,ぎこちない動きとなってしまいます.

中期から後期では,初期よりも「無駄な力」の抜き方が向上し,結果的に適切な力発揮レベルに合っており,動きのぎこちなさが取れてきます.しかし,「無駄な力」による影響を抑えるために余計な力発揮の調節をしている段階と考えられます.

一方,習熟の最終段階である一流選手では,適切なベルの出力をすることができ,「無駄な力」に対する制御の必要性が低くなります.

つまり,「無駄な力」の抜き方を身につけることが,運動の習熟につながっていると考えられます.

動きのぎこちなさを生む「同時収縮」

では,ぎこちない動きはどうして生じるのでしょうか?ヒトの運動は,動作方向に身体部分を動かす主働筋と逆方向へ動かす拮抗筋の収縮・弛緩によって調節されます.基本的に,主働筋が収縮し,拮抗筋が弛緩しますが,関節を適切に固定するために,ある程度の主働筋と拮抗筋の同時収縮は必要になります.しかし,主働筋に対して拮抗筋が必要以上の筋力発揮をしてしまうと,関節をロックしてしまい,ぎこちない動きになってしまうのです(木塚,2011).

必要以上の同時収縮の程度は運動技能と関連があり,運動技能が高いほど同時収縮が小さいことが報告されています(Hamstra-Wright et al.,2006;岩見ほか,2008).また,歩行や走行などの基本動作から,各種スポーツ動作を対象として,動作の学習進度や動作スキルの習熟に伴って筋活動が減少あるいは消失することを示唆した研究も多く存在します(木塚,2004;木塚,2011).

このように,拮抗筋のコントロールが十分でなく過度な同時収縮が生じることが,ぎこちない動きを生じさせていると考えることができます.

「スプリントにおける全力」―力むと本当にパフォーマンスが下がるのか?―

ここまで,「無駄な力」によってぎこちない動きになってしまうメカニズムを紹介してきました.実際の競技場面で“全力”を出したのに記録が出ないという人も少なくないのではないでしょうか?そこで,スプリント走において,努力度の変化とパフォーマンスの関係について検討した研究を紹介します.

村木ほか(1999)は,大学陸上競技男子選手(跳躍および短距離)を対象に,全力に対する主観的な努力度を90%→95%→97.5%→100%→97.5%→95%→90%と変化させて50mスプリント走を行ない,最大疾走速度の出現した後半40-50m区間の疾走速度,ピッチ,ストライド,および主観的指標の比較を行いました.その結果,最大下努力疾走時における相対速度(努力度100%での疾走速度に対する各努力度での疾走速度の比)の推移パターンによって3つのタイプ(「symmetry型」,「intermediate型」,「overshoot型」)に分けられました(図2).「symmetry型」は努力度の漸増・漸減過程の違いに関わらず,一つの努力度に対して同程度の疾走速度を示しており.「intermediate型」では漸増過程で出力過剰になる傾向が見られ,そして「overshoot型」では漸増過程における顕著な出力過剰と全努力度に対して出力過剰が認められました.最大下努力度の試技において努力度100%での疾走速度を超えていた割合,および漸増過程における相対疾走速度の平均値は,「overshoot型」>「intermediate型」>「symmetry型」の順に大きく,最大疾走速度はその逆でした.さらに「overshoot型」では,漸増過程の95%,97.5%の疾走速度が全力疾走時よりも高い値を示していました.

図2:努力度100%に対する相対疾走速度と主観的努力度の関係           
   (村木ほか,1999をもとに筆者作成)

つまり「overshoot型」は,全力に対して95~97.5%の努力度で走った場合の方が全力よりも速く走っていたことになります.

また,「overshoot型」の特徴として,ほぼ全ての努力度において極端なピッチ型(ピッチが高く,ストライドが短い)が挙げられました.この研究において,ストライドの変化と比較してピッチの変化が主観的努力度および疾走速度に強く関係していることが示唆されています.このことから,「overshoot型」において努力度100%での疾走速度を最大下努力度での疾走速度が上回る“パフォーマンスの頭打ち現象”が生じる要因は,ストライドが減少し,ピッチが過剰に増大したことによる不適切なピッチ−ストライド関係にあると述べられています.すなわち,“全力”で走る際に,過剰にピッチを増大させてしまうことで,適切なピッチ−ストライド関係が崩れ,パフォーマンスの低下に繋がったと考えられます.

このように,スプリント走においても全力で走らない方が,高いパフォーマンスを発揮できる場合があるのです.

「無駄な力」を抜くために…

ここまでは,「無駄な力」を抜くことが,パフォーマンスの向上や運動の習熟につながることを紹介してきました.では,実際に「無駄な力を抜くために」はどうしたら良いのでしょうか?

「無駄な力」を抜くためのトレーニング方法としては,“恐怖トレーニング”や“マルチタスクトレーニング”など常にプレッシャー条件下で行う練習や,“千本振り”や“オールアウト泳”のように疲労した状態でさらに動作を反復する方法などが伝統的です.また,他の方法として,プレー中における「無駄な力」が抜けた形を抽出し,その形に誘導する方法も注目されています(木塚,2011).

例えば,一流選手の競技中の手の形は,指先を下方向に向け,肘から下がリラックスした「クラゲの手」または「キツネの手」と呼ばれる状態になっていることが観察されます.サッカーの本田圭佑選手や長友佑都選手,デイビット・ベッカム選手などの有名選手がキックやドリブルを行っている時,また陸上の110mハードル元日本記録保持者の谷川聡選手や世界記録保持者の劉翔選手のハードリング時などです.また,陸上競技短距離のタイソン・ゲイ選手やカール・ルイス,モーリス・グリーンのゴール前,バスケットボールのマイケル・ジョーダンのシュート時などでは,舌を出したり,口を開けたりしている様子が観察できます.

このように一流選手に見られる「クラゲの手」や「キツネの手」,舌出しや口を開けることなどは,上肢における「無駄な力」を抜き,四肢の動きにおける協調性や動作速度の保持などにつながっていると推測されています(木塚,2011).ただ,一流選手の「無駄な力」が抜けた形だけをまねても,抜けないどころか動作をむしろ遂行しにくくなり,パフォーマンスが低下する可能性があるので注意が必要です.しかし,一流選手の「無駄な力」の抜けた形を観察し,自分の動きと比較したり,取り入れてみたりする事は「無駄な力」を抜くヒントとなるでしょう.

最後に

陸上競技のトレーニングでは,動作中の出力を大きくすることに注目されがちです.しかし,今回紹介した「無駄な力」を抜くことは,合目的的な動きの習得や効率的な筋力発揮を可能にし,パフォーマンスの向上につながると考えられます.みなさんも,力を入れるだけではなく,「上手に抜く」練習をしてみてはいかがでしょうか?



参考文献
Hamstra-Wright KL. , Swanik CB. , Sitler MR. , Swanik KA. , Ferber R . , Ridenour M and Huxel KC(2006) Gender Comparisons of Dynamic Restraint and Motor Skill in Children. Clinical Journal of Sport Medicine.,16(1):56-62.
Henneman E.,Somjin G,and Carpenter DO.(1964)Functional significance of cell size in motoneurons.Journal of Neurophysiology,28:560-580.
岩見雅人・木塚朝博(2008)加速度変化局面を含む追従課題における正確性と円滑性の習熟過程. バイオメカニズム, 19:57-66.
木塚朝博(2004)成長期に身に付けたいからだの使い方~抜きどころを体得するには~.体育の科学,54 (6) :428-433
木塚朝博(2008)力の抜きどころと身体のコントロール. 体育の科学,58 (1) :43-48
木塚朝博(2011)特集に寄せて「動きを阻害する過緊張や無駄な力」. バイオメカニズム学会誌, 35(3):156-158. 
村木征人・伊藤浩志・半田佳之・金子元彦・成万祥(1999)高強度領域での主観的努力度の変化がスプリント・パフォーマンスに与える影響.スポーツ方法学研究,12 (1) :59-67
大高千明・藤原素子(2014)「力の抜き」が出力調整の素早さに及ぼす影響.奈良女子大学スポーツ科学研究,16:1-8.
2018年7月26日掲載