陸上競技のコーチング現場に影響を及ぼす社会的要因

MC2 水島 淳

RIKUPEDIAをご覧の皆さま,ご無沙汰しております.MC 2年(4年目)の水島淳です.約2年間の休学を経て,5月に復学し,無事に修士論文を提出しました(まだ審査が残っていますが…).
 2年間もどこを彷徨っていたんだ?と聞こえてきそうですが,実は青年海外協力隊として南米のパラグアイという国で投てきコーチを勤めておりました.

帰国して8ヶ月以上が経ちますが,未だに「パラグアイの話聞かせて!」という声が研究室のメンバーから聞こえないので,誠に勝手ながら読者の方々へ私のパラグアイでの経験から気づいたことについて,日本陸上競技連盟が発行している競技者育成プログラム(日本陸上競技連盟,2015)を踏まえて紹介させて頂きたいと思います.豚や鶏の締め方からアルマジロの捕らえ方など,お伝えしたいことは様々ですが,今回は,「社会的要因」が陸上競技のコーチング現場にどう影響を及ぼしているのかについて考えていきます.

①1月〜3月生まれのジュニア選手競技力が高い?(図1)
 「相対的年齢効果」と呼ばれている,いわゆる「生まれ月問題」.日本では,ジュニア選手の中で競技力の高い選手たちの多くが同学年で最も早く生まれた4月〜6月生まれであると報告されています(日本陸上競技連盟,2015).このことは学年の区切り方に起因していると考えられており,実際1月1日を学年区切りとしているオランダでは,ジュニア選手の中で競技力の高い選手たちの多くが1月〜3月生まれであることが明らかとなっています(日本陸上競技連盟,2015).また,パラグアイでもオランダと同様の学年の区切り方を採用しており,1月〜3月生まれの国内ジュニア代表選手たちがたくさんいました.つまり,相対的年齢効果が生物学的要因に起因するものではなく,社会的要因によって生じていると考えられます.

 



②国によってルールも変わる?(図2)
 陸上競技には様々なルールが存在します.私の専門とする投てき競技においては,投てき物の「規定重量」に関するルールがあり,これによって,年代カテゴリーで投てき物の重量が定められています.今回は,特にハンマー投げを例にして考えていきます.
2017年より女子のインターハイ種目としても本格導入されたハンマー投げ.日本では,高校入学後(15歳〜16歳)から取り組み始める選手が多いと考えられ,ハンマーの重量は男子で6kg,女子で4kgと規定されています.その後,大学入学後に男子は7.26kg,女子は高校と同様に4kgのハンマーを使用します.一方,パラグアイでは,競技大会の参加区分がU14(開催年の12月31日時点で14歳未満),U18(同18歳未満),U20(同20歳未満),一般とされており,男子の場合それぞれ4kg,5kg,6kg,7.26kg(女子の場合は,3kg,3kg,4kg,4kg)のハンマーを使用します.U18の男子ハンマー投げでは,17歳のアレハンドロ・メディナ(Alejandro MEDINA)選手が76m63cm(5kg)を投げ,全国で5人ほどしかハンマー投げ選手がいない国ではありますが,大いに盛り上がっていました.またハンマー投げの強豪国ポーランドの場合,競技大会の参加区分はU16(開催年の12月31日時点で16歳未満),U18(同18歳未満),U20(同20歳未満),一般とされており,男子の場合それぞれ5kg,5kg,6kg,7.26kg(女子の場合は,3kg,3kg,4kg,4kg)のハンマーを使用します.余談ですが,U16の男子ハンマー投げポーランド記録は,マチェイ・パリシュコ(Maciej PAŁYSZKO)選手の77m60cm(5kg)です.彼はその後,25歳にして80m89(7.26kg)を投げ,オリンピックでのメダル獲得経験はないものの,ご活躍されたそうです.…驚きですね.話が逸れましたが,このようにハンマー投げという種目をみても,国の競技運営システム,強化育成体制,つまり社会的要因が競技者育成に影響を与えていると考えられます注)

 



上記のように陸上競技のコーチング現場は,社会的要因によって,大きく影響を受けることを考えてきました.いわゆる強豪国と呼ばれる国々,例えばジャマイカにおける短距離,ケニアにおける長距離・マラソンなど,選手の技術的側面だけでなく,その背景にある社会的要因について考えてみると日本の陸上競技のコーチング現場に活きる新たな知見が得られるかもしれませんね.


注)本コラムでは各国の競技運営システム,強化育成体制について良し悪しを述べているわけではありません.陸上競技は早期タレント発掘,早期専門化の最もなじみにくい競技の1つであると理解されており,とりわけ早期専門化の風潮は,競技者自身のドロップアウトを招きやすくするとともに,晩熟型で将来にタレント性を秘めた子どもを除外する傾向を助長する恐れがあると報告されています(日本陸上競技連盟,2015).

d50h60@gmail.com
(水島 淳)





参考文献
日本陸上競技連盟普及委員会(2015)競技者育成プログラム.財団法人日本陸上競技連盟普及委員会,pp.39-53.
2018年1月15日掲載

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