砲丸投の記録と投てき技術の変遷

MC1 吉岡奈津希

RIKUPEDIAをご覧の皆様,こんにちは.MC1の吉岡です.前回のコラムの中でグライド投法と回転投法との相違からみた砲丸投の競技特性に触れましたが,今回は砲丸投の記録の変遷と投てき技術の変遷について,植屋(2003)の報告を基に紹介したいと思います.

1.砲丸投の起源
 砲丸投の起源は,スコットランドやアイルランド地方の農耕民族が1年間の農作物の収穫を村人が一堂に会して祝った折に,酒に酔った村の力自慢の男たちが近くにあった石をだれが一番遠くまで投げられるかを競ったところに始まるとされています(植屋,2003).現在の競技形態に変わり始めたのは19世紀半ばになってからで,当時は16ポンド(7.256kg)前後の鉄のボールを,7フィート(2.13m)四方の正方形の区画から投げることになっていました.現在の直径7フィートのサークルが登場したのは,19世紀末近くになってからで,国際競技に導入されたのは1904年のセントルイス・オリンピックからでした.第1回オリンピックでは,当時すでに何ヵ国かで7フィートのサークルが採用されていたにもかかわらず,2m四方の正方形の区画が採用されたそうです(ロベルト,1992).
 砲丸投の歴史に残る最初の選手は,カナダのジョージ・グレイ選手であり,1887年に13m38を,98年には14m75まで記録を伸ばしました.

2.日本記録の変遷と世界記録の変遷
 現在の世界記録は,男子がアメリカのR.バーンズ選手の23.12m(1990年),日本記録は畑瀬聡選手の18.78m(2015年),女子は旧ソ連のN.リソフスカヤ選手の22.63m(1987年)で,日本記録は森千夏選手の18.22m(2005年)であり(IAAF,online;JAAF,online),その記録差は男子では「4.34m」,女子で「4.41m」です.
 図1に世界記録と日本記録ならびに投てき技術の変遷を示しました.図から見られる日本記録の変遷は,日本の砲丸投が世界に遅れること約40年,そして日本記録も時代とともに確実な伸びを示していますが,世界もそれ以上の記録更新がなされており,なかなか追いつけ追い越せというわけにはいかない状況が示されています.

図1 砲丸投の記録・投てき技術の変遷(男子の世界記録と日本記録) 植屋(2003)をもとに著者作成


3.記録の変遷に見る投てき技術の変遷
 砲丸投の記録変遷の背景には投てき技術の変遷があり,グレイの時代は砲丸投の初心者がするような真横に構えてサークルをステップして投げるステップ投げというスタイルでした.それが「横向きホップスロー」→「斜め後ろ向きホップスロー」→「後ろ向きグライドスロー」→「回転式投法」といった変遷の歴史を辿ってきました.
 以下にこれらの投てき動作の特性を簡単に述べてみようと思います(右利きを想定).
■横向きホップスロー
 R.ローズの横向きホップスローは,予備動作で左脚を回してリズムをつくり,さらに投てきの前後方向に2-3回スウィングして勢いをつけ,大きく投てき方向に飛び上がるように移動し,砲丸を持った右腕で投げ出そうとする技術でした.基本的には脚筋力や左腕,さらには上体の起こしや捻り動作はほとんど用いられませんでした.
■斜め後ろ向きホップスロー(図2-a)
 基本的な動作は横向きホップスローと同一でしたが,投てき動作の最初の構えで右足を投てき方向に90度で置くのではなく,やや斜め後方に足先を向けて立つフォームでした.その分,体幹の右体側部分はいくらかの捻り状態が発生することになり,この右側の捻り動作が最後の突き出しに利用される投法で,体幹の捻りが使えるようになったというのがこの投法の原理的な改善点です.
■後ろ向きグライドスロー(図2-b)
  サークルに立つ投てきの構えの段階で投てき方向に完全に後ろ向きに構え,サークルの前後に予備的なスウィングを入れた後,サークルを滑るように移動(これをグライドという)し,投てき方向にほぼ90度に保持された両肩の捻り,つまり上体の捻りを利用した突き出しを行う動作です.この投法の特徴は,①砲丸の軌道の距離を長くする,②上体の捻りと③上体の起こし動作の利用が可能,④突き出しにおいて上体の捻りや起こしに加えて爆発的な脚筋力が利用できることです.砲丸投動作がほぼ全身運動として遂行される動作フォーム(技術)であることがわかります.
■回転式投法(図2-e)
 1970年代に旧ソ連,旧チェコスロバキア,ハンガリー,アメリカなどで研究の手が加えられた投法でしたが,回転式投法が脚光を浴びたのは旧ソ連のA.バリシュニコフ選手が20mを超える投てきをしてからでした.彼のこの投法の背景には,2m近い身長で2.135mのサークルを直線運動として行うには動きが窮屈であったことと,トレーニングで膝を痛め,少しでも膝への負担を減らす投法の発見が必要であったという事実からでした.現在は回転式投法の利点について述べられている報告がありますが(大山,2010;佐々木ほか,2003;田内,2007),当時は必ずしも理論的な裏付けの上に開発された新投法ではありませんでした.例えば,バリシュニコフ選手が回転式投法を採用した背景に身長が高く窮屈であったことが述べられていますが,最近では,グライド投法は低身長の競技者にとって不利な点が多いため,低身長の競技者でも有利に機能する可能性のある回転式投法を採用しては?という報告があり(大山,2010),回転式投法を採用している競技者には低身長の競技者が多く見られます.実際に昨年行われたリオオリンピック男子砲丸投げに出場したグライド投法を採用した競技者の身長の割合が190cm以下の競技者25%,191cm以上の競技者75%(平均身長:198±7.4cm)に対して,回転式投法を採用した競技者の身長の割合は190cm以下の競技者48%,191cm以上の競技者52%(平均身長191.16±6.2cm)でした(図3).
  回転式投法の利点については,これまでのコラムで紹介されているので,第62・85回のコラムをご覧ください.

図1からもわかるように新たな投てき技術の開発によって,砲丸投の世界記録が向上していることがわかります.これは,開発された投てき技術が砲丸の初速度を高めるために非常に合理的であったことを示唆しています.田内(2006)は,ステップ動作からホップ動作,そしてグライド動作への移行は並進速度を高めるため,横向きから後ろ向き,そして回転への移行は砲丸の加速距離および時間を長くするため,および体幹の起こしや捻りを利用した回転速度を高めるためととらえると,投てき技術の変遷はまさに砲丸に作用させるエネルギーの増大を追求した結果であると述べています.


図2 砲丸投動作の投フォームの変遷 植屋(2003)をもとに著者作成

図3 リオオリンピック男子砲丸投競技者の身長の割合

4.最後に
 今回は砲丸投の記録の変遷と投擲技術の変遷について書いてきました.少しでも遠くに投げるためには…という様々な人々による砲丸投の変遷について触れることで,練習をする際のヒントがたくさん隠れているかもしれません.また,もしかしたらこの先,新たな投法が生まれてくるかもしれません.




参考文献:
IAAF. Senior outdoor. Shot put men.
https://www.iaaf.org/records/toplists/throws/shot-put/outdoor/men/senior,(参照日2017年2月28日).
IAAF. Senior outdoor. Shot put women.
 https://www.iaaf.org/records/toplists/throws/shot-put/outdoor/women/senior,(参照日2017年2月28日).
JAAF. 日本記録.
 http://www.jaaf.or.jp/record/japan.html,(参照日2017年2月28日).
大山卞圭悟(2010)陸上競技Round-up 日本人男子砲丸投選手にとっての回転投法の可能性-世界レベルへの挑戦のために-.陸上競技学会誌,8(1):56-63.
Olympics.Rio 2016. Athletics.
 https://www.olympic.org/rio-2016/athletics/shot-put-men,(参照日2017年3月4日).
ロベルト(1992)近大陸上競技の歴史-1860-1991.ベースボール・マガジン社:東京. 佐々木大志・大山卞圭悟・真鍋芳明・清水茂幸(2003)砲丸投の回転投法における投げ動作に関する事例的研究.陸上競技研究,53:19-25.
田内健二(2006)砲丸投げ技術の変遷からみた競技力向上への課題.体育の科学,56(3):213-218.
2017年3月20日掲載

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