バレンタイン特集 ~陸上競技選手にとってのチョコレート~

MC1 鈴木俊洋

1.はじめに
 RIKUPEDIAをご覧の皆様,お久しぶりです.今回のコラム担当は博士前期課程1年の鈴木となります.どうぞよろしくお願い致します.
 今年も早いもので2月となりました.トレーニングは順調に進んでいますでしょうか.さて,2月といえば,14日にバレンタインデーがあります.女性が意中の男性にチョコレートをあげるということで親しまれているイベントではありますが,筆者は現在,もらう予定はありません.中にはもらう方もたくさんいると思いますが・・・.アスリートの中には「チョコレートって食べ過ぎると太るのではないか・・・?」といったような疑問を持つ方が多いのではないでしょうか.一方,「カカオは身体に良い効果をもたらす・・・?」といった効果も巷で耳にします.今回のコラムでは,そうしたチョコレートに関する疑問を各陸上競技種目の種目特性から紹介していきたいと思います.

2.チョコレートとは
 チョコレートはカカオ豆に由来する成分(カカオマス・カカオパウダーなど)と砂糖および乳製品などを混ぜて練り固めた食品のことを指します(内野,1979).紀元前1500~400年に,現在の南部メキシコ,中央アメリカで初めてカカオ豆が用いられたことが起源とされており,日本では江戸時代の対外貿易において伝来してきたとされています(武田,2010).また,チョコレートはその甘味および苦味といった味,食感から極めて嗜好性の高いものであるとされています(滝本・鶴見,1979).実際に,1979年以前に(株)博報堂が,日本人の小学生から社会人までを対象としてチョコレート,スナック,ビスケットおよびキャンディにおける菓子の好嫌度と菓子の選考順位を調査したところ,どちらもチョコレートが最も高かったということが明らかになっています.そのため,チョコレートは多くの日本人にとって親しまれている食品であると考えられます.しかし,その摂取に関して,一般的にはネガティブな意見が挙がっています.チョコレートには多くの砂糖やカカオが混入しており,糖質や脂質が含まれています.その理由としては,チョコレートの50~60%はカカオバターが占めており,カカオバターは主要な3種類の脂肪酸(ステアリン酸,オレイン酸およびパルミチン酸)によって構成されている(滝沢,2001)からであると考えられます.糖質,脂質は身体のエネルギーとして利用されるため,重要な栄養素ではありますが,過度に摂取をすると肥満や生活習慣病といった,身体にとって悪影響をもたらすと危惧されています.一方,カカオに含まれるカカオポリフェノールには生体内で抗酸化作用を発揮することが示されており,良い影響をもたらすことも報告されています(滝沢,2001).一般的には上記の影響がありますが,陸上競技選手がチョコレートを摂取することにはどのようなメリットあるいはデメリットがあるのでしょうか?

3.陸上競技選手とチョコレート
 陸上競技種目はその競技特性から大きく分けて①100m走や跳躍,投擲種目など,爆発的な力発揮が必要な種目②マラソンや競歩など長時間に渡っての運動が必要な種目の2つに分類されます.身体を動かすためにはエネルギー(ATP)が必要とされていますが,身体の中の量だけでは賄いきれないため,その都度再合成されます.その再合成経路は運動の時間や強度といった特性によって異なるため,様々な運動特性をもつ陸上競技種目では,種目毎に異なります.そのような違いを考慮しながら,エネルギー再合成経路の観点でチョコレートの効果について紹介します.
(1)短距離系種目へのチョコレートの効果
 これらの競技には主に,ATP-PCr系のエネルギーが使われます.そのエネルギーは,筋中のクレアチンリン酸がクレアチンに分解される過程で生成されます(坂本・増田,2015).この経路では,脂質や糖質は使用されることはありません.そのため,身体の余分な糖,脂肪はこの経路では分解されることはなく,エネルギー源確保のためには,チョコレートの摂取は必要ないと考えられます.しかし,身体のエネルギーが枯渇してしまうと,筋肉を分解することでエネルギーを得る生体的な働きが生じてしまい,筋量が減ってしまいます(中村・和田,2015).筋量に比例して筋力が高くなるため,筋量の減少は競技力の低下に影響すると考えられます.その予防として,食事回数を増やしたり,間食したりすることで補う必要がありますが,多忙な際にはエネルギーを多く含んだ食品を摂取するという意味でチョコレートも必要ではないかと考えられます.
(2)中・長距離系種目へのチョコレートの効果
 短距離系種目とは異なり,エネルギーの生成には有酸素系の経路が使用され,それには糖,脂肪が用いられます(坂本・増田,2015).その中で脂肪は糖よりも分子あたりの質量が大きく,消費されにくいため,余分なエネルギーになりがちです.そのため糖質の方が優先してエネルギー生成に用いられますが,その元となる炭水化物が体内に貯蔵される量は少ないため,グリコーゲンローディングといった手法などによって量を増やそうといった試みもされています(花岡,2003).そのため長時間の運動のために脂肪を蓄えるという意味でチョコレートを摂取してもいいかもしれません.しかし,多くのマラソンおよび競歩の競技会ではレース中のエネルギー摂取は,小さい質量で大きなエネルギーが確保できるものではなく,吸収の早い,ゼリーなどの食品を摂取している場面が頻繁に見受けられます.その理由として,糖を多く含んだ食品を摂取することは生体の急激な同化作用を引き起こし,異常をもたらすことが挙げられます.したがって,チョコレートの摂取はあまりおすすめではないと考えられます.

4.まとめ
 アテネオリンピックのマラソン金メダリスト,高橋尚子選手の食について記した本では,チョコレートはおろか,お菓子を食べるといった記述はなく,エネルギーの大部分を食事によって確保していたとされています(金子,2000).そのためチョコレートは,トップアスリートはあまり摂取しないような食品であると考えられます.上記のように身体へのネガティブな影響が多いかもしれませんが,その嗜好性の高さ,また,微量のカフェインを含んでおり,その効果の一つに内部環境の活性化が挙げられることから(ルーク,1998),試合前のルーティンとして精神的なモティベーションを高める上では摂取しても良いのではないかと考えられます.
 糖の量を抑えるために,カカオの含有率が多いチョコレートを選択することも考えられますが,カカオの含有量が70~99%のチョコレートには,通常のチョコレート(33~41%)よりも脂質が1.2~1.5倍含まれていたと報告されています(国民生活センター).バレンタインデーということで男性にチョコレートを送る女性が多いかもしれませんが,相手が陸上競技選手であるならば,その量を少なくしたり,チョコレート以外のものをあげたりするといいかもしれません.




参考文献:
花岡美智子(2003)スポーツ選手必読!勝つための食事と栄養.株式会社ナツメ社:東京.
金子ひろみ(2000)食べて、走って、金メダル!快挙を生んだゴールド・メニュー.株式会社マガジンハウス:東京.
国民生活センター報告書 高カカオをうたったチョコレート.独立行政法人国民生活センター公式ホームページ,2017年1月閲覧http://www.kokusen.go.jp/ncac_index.html. 
中村友浩・和田正信(2015)筋の肥大と萎縮.勝田茂・征矢英明編 運動生理学20講 第3版.朝倉書店:東京,pp.51-57.
日本チョコレート・ココア協会 公式ホームページ,2017年1月閲覧http://www.chocolate-cocoa.com/lecture/index.html
ルーク・バッチ著(1998)パフォーマンス向上のためのスポーツ栄養.保健同人社:東京,pp.131-141.
坂本啓・増田和実(2015)運動と筋ATP代謝.勝田茂・征矢英明編 運動生理学20講 第3版.朝倉書店:東京,pp.24-33.
武田尚子(2010)チョコレートの世界史:近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石.中央公論新社:東京.
滝本賢二・鶴見利信(1979)チョコレートの嗜好性.食の科学 チョコレート,79:56-59.
滝沢登志雄(2001)チョコレートの栄養と機能性 ―カカオポリフェノールの機能性を中心に―.化学と工業,54:657-661.
内野晶久(1979)チョコレートの分類と種類.食の科学 チョコレート,79:30-31.
2017年2月10日掲載

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