曲線助走と内傾って必要??

MC2 平 龍彦

RIKUPEDIAをご覧の皆様
 いつも本コラムをご愛読いただきありがとうございます.MC2の平龍彦です.今回のコラムでは,走高跳の曲線助走と内傾動作についてご紹介したいと思います.
 走高跳は道具を使わないこと,片足で踏切を行うこと以外に制限がなく,課題達成の仕方に関わる自由度がきわめて高い種目です(渡辺ほか, 2009).そのため,跳躍の方法は時代と共に変化してきました.最も原始的な跳び方は,はさみ跳びであり,その後ロールオーバー,ベリーロール,背面跳と変化し,それに伴って記録が向上してきました.今日,走高跳において背面跳が最も主流な跳躍方法として行われています.背面跳は1957年に陸上競技マガジンで国内に始めて紹介され,その後1968年のメキシコオリンピックで優勝したDick Fosbury選手が行っていたことから急速に世界に広まりました.また,背面跳はそれまで主流とされていたベリーロールよりも習得が容易であり(足立, 1973),このことも背面跳の急速な拡大の一助となっていることが考えられます.背面跳は直線を走る助走局面,踏切4−5歩前から踏切姿勢に入る準備をする踏切準備局面,助走で得られた水平速度を鉛直方向の速度へと変換する踏切局面,空中で身体をコントロールし,効率よくバーを超えるクリアランス局面の4つの局面によって構成されています.背面跳の特徴として踏切準備局面でカーブを描いて走ることが挙げられます.背面跳の普及に伴って,踏切準備局面での曲線助走が広まってきました.しかし,最近はあまり曲線を走らず直線的に踏切に入る競技者が増えてきているようにも感じます.そこで,なぜ曲線を描いて踏切準備局面を行うのか,その必要性について改めてお話をしていきたいと思います.

1) 踏切準備局面の役割
 まず,踏切準備局面の役割について考えていきたいと思います.Hay(1985)は元世界記録保持者Dwight Stones選手の跳躍では踏切接地時の重心高が低いほどパフォーマンスが高いことを報告しており,Dapena(1990)もパフォーマンスと重心高との間に有意な正の相関関係が認められたことを報告しています.このことから,踏切準備局面では重心高を十分に下げて踏切を迎える必要があると考えられます.さらに,Dapena(1990)は踏切接地時の重心水平速度が高いほど離地時の重心鉛直速度が高いことを報告しており,村木(1982)は助走のストライドは踏切準備局面において徐々に減少し,逆にピッチは増加しており,両者の積である助走速度は踏切に向け増加することを報告しています.これらのことから,踏切準備局面ではストライド優位の走りからピッチ優位の走りに切り替え,助走速度を高めながら踏切を迎える動作が求められると考えられます.したがって,踏切準備局面の主な役割は,①重心高を低下させること,②ストライド優位の走りからピッチ優位の走りに切り替え助走速度を維持または増加させながら踏切を迎えること,の2点であるといえます.
 このことを踏まえ阿江(1988)は,重心高の下げ方には曲線助走による内傾動作と,支持脚の屈曲動作の2タイプが存在していることを報告しています.しかしながら,この2タイプにはそれぞれメリットとデメリットが存在しています.
Ⅰ.内傾動作を用いるタイプ
メリット:助走速度の減速が少ない
デメリット:十分な踏切準備を行うことが困難(重心高の低下が不十分,後傾が不十分など)
Ⅱ.支持脚屈曲を用いるタイプ
メリット:大きな後傾や,振込動作などを行いやすい.
デメリット:助走速度の減速が大きい.
これらのことを考慮して自分に適した重心高の下げ方を選択することが必要であるといえます.

2)曲線助走のメリット
 重心高とは違う観点から,村木(1982)は曲線助走を行うことのメリットとして以下の3つを挙げています.
①曲線助走による遠心力に抗するための内傾とカーブ走での積極的な脚の運びによって,踏切準備姿勢を容易にとることができる.
②曲線助走からの踏切で生じる長軸方向の回転が,長軸沿いのバークリアランスを容易にする.
③曲線助走における適度な内傾により,踏切で身体がバー方向に流れるのを防ぐ.
 また,Tan and Yeadon(2005)は踏切準備局面で描く,曲線を助走の終盤に向かって徐々に急にする“J字助走”が,背面跳びの宙返り動作に必要な角速度の獲得に貢献していると述べています.しかしながら,小島ほか(1974)は,未熟練者は熟練者に比べ内傾が強いことを報告しており,踏切時の鉛直速度の獲得に悪影響を及ぼしていると述べています.このように曲線助走における内傾が強すぎることは,パフォーマンスに悪影響を与えることも報告されています.

3)まとめ
 曲線助走や内傾動作はあくまで踏切準備のための一つの選択肢であり,必ずしも強い内傾をすることがパフォーマンスの向上に影響をするとは限りません.選手一人一人の個別性に適した踏切準備動作を行うことが必要です.シーズンも終わり,読者の皆様は来シーズンの飛躍に向けて冬季練習に取り組んでいる頃であると思います.冬季練習は基礎体力を向上させる時期であると同時に,自身の技術や動作について見つめなおす大切な時期でもあります.本コラムを読んで,皆様がもう一度自分に適した踏切準備動作とは何なのかを考え,来シーズンの飛躍のためのヒントになれば幸いです.






参考文献
阿江通良(1988)跳躍競技とバイオメカニクスの貢献. Japanese Journal of Sports Sciences, 7(2) : 76-81.
足立長彦(1973)背面跳びの分析的研究.体育学紀要, 7 : 69-75.
Dapena, J., McDnald, C., and Cappaert, J.(1990)A regression analysis of high jumping technique. International journal of sport biomechanics, 6 : 246-261.
深代千之(1990)スポーツ科学ライブラリー5 跳ぶ科学. 大修館書店, 東京, pp59-70.
JOHN C. C. TAN and M. R. YEADON.(2005)Why do high jumpers use a curved approach. Journal of Sports Sciences, 23(8): 775-780.
小島武次・足立長彦・宮下充正(1974)走り高跳の踏み切りの動作分析. 昭和49年度日本体育協会スポーツ科学研究報告, No.3跳能力の向上-第2次報告-, pp. 6-13.
村木征人・室伏重信・加藤 昭(1982)現代スポーツコーチ実践講座2 陸上競技フィールド. ぎょうせい, 東京, pp. 280-323.
渡辺輝也・朝岡正雄・宮下 憲・佐野 淳(2009)走高跳におけるスピードフロップの類型化に関する運動学的考察.体育学研究, 54 : 327-342.

2017年12月19日掲載

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