女子砲丸投の競技特性と世界レベルに対する日本人選手の課題

MC1 吉岡奈津希

1. はじめに
 RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.今回コラムを担当します,MC1吉岡奈津希と申します.筑波大学体育専門学群を経て,今年度から陸上競技研究室にお世話になっております.専門種目は砲丸投をしています.8月にリオオリンピックが開催されたことは記憶に新しいと思いますが,残念ながら日本人で女子砲丸投に出場した選手はいませんでした.最後に日本人選手が世界大会に出場したのは2007年が最後であり,なかなか日本人選手が世界の舞台で戦うことは厳しい現状にあります.そこで,今回は女子砲丸投の競技特性と世界レベルに対する日本人選手の課題について,田内(2007)の報告を基に紹介したいと思います.

2. 近年のオリンピックおよび世界選手権における上位記録の変遷
 表1は,2000年以降に行われたオリンピックと世界選手権の女子砲丸投における決勝進出者の記録とシーズンベストに対する達成率を示したものです.
  記録について,女子では2000年のシドニーオリンピックと比較して各順位の平均値および予選通過ラインはほぼ同じか上回る傾向にあり,特に2011・2012年の大会は全体的に高いレベルの試合であることがわかります.これ以降も少しずつ記録が上昇していくかと思われましたが,近年では再び停滞・低下傾向にあり,2013年以降の世界大会での予選通過ラインは17m台となっています.今シーズンの女子砲丸投の日本ランキング1位の記録は16m19ですが,日本記録が18m22ということを考えると,日本人選手が世界大会で戦える可能性が全くないというわけではないと感じます.
 記録の達成率については,8位入賞者まではおおよそ99~97%と高い値を示し,9-12位では入賞者と比較して若干低いものの高い値を示しています.1988年のソウルオリンピックにおける自己記録に対する試合での達成率について,トラック種目では全出場者の平均値は98.0%,決勝進出者に限っては99.3%と高い達成率を示しましたが,フィールド種目ではそれぞれ94.7%,96.7%とトラック種目と比較して低い達成率であることが明らかとなっています(村木,1994).この報告を考慮するとフィールド種目の中でも砲丸投(特に8位入賞者)は,比較的高い達成率が期待できる種目であるといえると田内(2007)は述べています.






3. グライド投法と回転投法との相違からみた砲丸投の競技特性
 投てき技術の変遷を動作学的にみると,①横向きステップ投法,②横向きホップ投法,③グライド投法,④回転投法に大別できるとされています(田内,2006)(図1).現在では,グライド投法と回転投法が主流となっています.
  グライド投法とは投てき方向と正反対の後ろ向きに構え,いったんしゃがみ込んだ後,左足を投てき方向へ投げだしながら移動した(グライド動作)後に投げる方法で,回転投法とは投てき方向と正反対の後ろ向きに構え,文字どおり身体を1回半回転させながら投げる方法です(田内,2007).図2は,男子砲丸投選手のグライド投法及び回転投法における砲丸速度に対する身体各部位の貢献の仕方を調べたもので,上段はグライド投法で日本人選手権1位の選手と回転投法で日本人選手権3位の選手,下段は国内トップクラスの選手でグライド投法と回転投法の両者を行った際の結果です(田内,2007).この図は,身体のどのような動作によって砲丸速度が生み出されているのかを示しており,各動作の速度をすべて足すと砲丸速度になります.田内(2007)は,異なる選手であっても同一の選手であってもグライド投法と回転投法との相違は,太線で示した体幹の長軸周りの回転の大きさにあると述べています.つまり,グライド投法ではリリース直前に体幹の長軸回転の貢献が低く維持またはさらに低下するのに対して,回転投法ではリリースの直前まで貢献が高いまま維持されていることが明らかにされています(田内,2007).このことから体幹を大きく貢献させやすいのが回転投法,貢献させにくいのがグライド投法であるととらえることができます(田内,2007).また,田内(2007)は,回転投法のスタートは,両脚支持であることと,膝曲げ角度が少ないことから,グライド動作よりも回転投法のほうが下肢の負担を少なくすることができると指摘しています.これらの回転投法のメリットから,世界レベルの男子においては回転投法を用いる選手が増加しています(表2).
 一方,女子においては世界レベルでもグライド投法が主流ですが(表3),これは体格に対して4kgという砲丸の重さが相対的に軽いために,回転投法という技術性の高い投法でなくとも,グライド投法のメリットを利用できることで十分に投てき距離を獲得できることが原因の1つとして考えられます(田内,2007).このように女子ではグライド投法が主流とされていましたが,リオオリンピックを見ていると回転投法の女子選手が36人中10人と約30%の割合を占めており,さらに,8位入賞者のうち2人が回転投法を用いていました.過去の世界大会での回転投法の女子選手の人数の推移をみても,徐々に回転投法を用いる女子選手が増えてきていることがわかります.近い将来,女子選手でも回転投法が主流となる日がくるのでしょうか・・・?
 これまで述べてきたように回転投法にはメリットが多いと考えられますが,日本人選手,特に女子選手においては普及が進んでいないのが現状です.田内(2007)は,技術性の高い回転投法に対して適切な指導方法を確立し,積極的に取り組んでいくことが競技力向上のための大きな課題であると述べています.






















4. 世界レベルに対する日本人選手の課題
 田内(2007)は,世界選手権優勝者は日本人選手権優勝者と比較して,砲丸速度に対する身体各部位の貢献ではリリース直前における体幹の長軸回転の貢献が高く,このパターンは図2の回転投法のパターンに類似していること,およびエネルギー変化では上肢で発生させたエネルギーはほとんど変わらないが,体幹から上肢へ流入したエネルギー量が圧倒的に多いことがわかると述べています.つまり,世界一流選手はグライド投法でありながら,突き出し局面では回転投法に類似した突き出し動作を行うことによって,大きな出力源である体幹の貢献を大きくしており,このことは体幹から上肢へ伝達されるエネルギー量を増大させることにつながっているものと考えられています(田内,2007).一方,日本人選手権優勝者は,出力源としてはそれほど大きくない上肢の貢献が高く,体幹のエネルギーを十分に利用できていない投てきとなっています(田内,2007).したがって,田内(2007)は,世界レベルに対する日本人選手の課題としては,大きな力,パワー発揮能力によって大きなエネルギーを獲得することに加えて,そのエネルギーをより効率よく砲丸の加速に利用できる投てき技術を獲得することをあげています.

5. 最後に
 最近の世界大会や私の身の回りでも回転投法を採用する人が増えてきている傾向にあり,様々な論文で回転投法の利点を述べているものが多いです.私はグライド投法を採用している身として,グライド投法にも優れているところがあるはずだ!と思っています.中野ほか(2007)は,砲丸投の男子選手は重い投てき物を遠くに投げるため,女子と同様の準備動作を行う中でも長い時間をかけてより大きな力を投擲物に加える必要性があると考えられると述べています.そのため,「3.グライド投法と回転投法との相違からみた砲丸投の競技特性」で述べたような「体幹を大きく貢献させやすい回転投法」を男子選手は用いていると考えられます.果たして砲丸の重さが相対的に軽い女子においてもこの条件は当てはまるのでしょうか?今後改めてグライド投法・回転投法のそれぞれの利点と欠点についての研究が進められ,少しでも日本の砲丸投が盛り上がることを期待したいです.私自身も研究でも競技でも盛り上げることができるように努力していきたいと思います.






参考文献:
中野美沙,大山卞圭悟,尾縣貢(2007)国内女子やり投競技者の体力特性-各種跳躍運動の遂行能力と体幹筋力に着目して-.陸上競技研究,71(4):37-44.
大山卞圭悟(2005)投てき.山﨑昌廣ほか編,人間の許容限界辞典.朝倉書店:pp397-402.
大山卞圭悟(2010)陸上競技Round-up 日本人男子砲丸投選手にとっての回転投法の可能性-世界レベルへの挑戦のために-.陸上競技学会誌,8(1):56-63.
田内健二(2006)砲丸投げ技術の変遷からみた競技力向上への課題.体育の科学:56(3):213-218.
田内健二(2007)砲丸投げの競技特性と世界レベルに対する日本人選手の課題.陸上競技学会誌:特集号,6:95-99.
2016年11月7日掲載

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