ハンマー投の力学 ~両足支持期に着目して~

MC1 土江真央

 RIKUPEDIAをご覧の皆さん,初めまして.MC1の土江真央です.関西学院大学教育学部(兵庫県)を卒業後,1年間兵庫県立高校で常勤講師として勤務し,今年度から陸上競技研究室でお世話になっております.専門種目はハンマー投です.よろしくお願いします.

1. ハンマーヘッドの加速の構造
 さて,今回私が担当するコラムでは,ハンマー投におけるハンマーヘッド部分の加速の構造について概説していきたいと思います.
 ハンマーを遠くに投げるためには,ハンマーのリリース時のハンマーヘッド速度を大きくすることが最重要であるということは数多くの研究で示されており(室伏ほか,1982;池上ほか,1994;岡本ほか,2000;坂東ほか,2006),ハンマーヘッドを加速させることが,競技者にとって技術の最重要課題であると言えます(太田ほか,2011).
 ハンマー投は,スイング,ターン,リリースの3つの局面に分けることができ,主なハンマーヘッドの加速はターン局面で行われます.そしてターン局面において,ハンマーヘッドは,ターン毎に速度の増減を繰り返しながら,次第に速度を増加させていきます(Dapena,1984)(図1参照).



 ターン局面を両足が地面に接地している両足支持期と,左足(右利きの場合)のみが地面に接している片足支持期に色分けして示しています.この図からも読み取れるように,ハンマーヘッドは主に両足支持期で加速します.(室伏,1994).

2. なぜ両足支持期でハンマーヘッドは加速するの?
・ハンマーヘッドの運動の特徴
 投擲動作中のハンマーヘッドは,回転運動の中で加減速を繰り返しながら運動エネルギーを増大させていくパラメータ励振運動をするという特徴を持っています(太田ほか,2009,2010).パラメータ励振運動とは,例えば,ブランコを漕ぐ際に,ブランコが低い位置に来た瞬間縮めていた身体を伸ばし(位置エネルギーは増加),一番高い位置に来た時逆に身体を縮め(位置エネルギーは減少),この屈伸運動で生じた位置エネルギーの差が運動エネルギーに変えられて,ブランコの動きを加速させるような運動のことを言います.ハンマーヘッドの加速は,このパラメータ励振運動を利用して行われます.

・パラメータ励振運動を利用したハンマーヘッドの加速
  ハンマーヘッドの回転運動(右利きの場合は反時計回り)が構成する面は傾いており,その傾きの最下点をローポイント,最上点をハイポイントと呼びます.またローポイントは両足支持期,ハイポイントは片足支持期に出現しています.パラメータ励振運動を利用してハンマーヘッドを加速させる場合,太田ほか(2010)は,原理としてはハンマーがハイポイントからローポイントに下りてきた時に速度方向と反対向きにハンマーヘッドを加速させる必要があり,ハンマーヘッドの位置が点A付近で反対方向への加速力(Fq)を加えると良いと示しており,また,このパラメータ励振を利用した回転の加速メカニズムにより,投射方向である後方(F1)へ体重をかけることによってローポイントである点B付近で最も効率よく遠心力が増大すると述べています(図2を参照).
  この技術はいわゆる倒れ込みと呼ばれる動作であり,室伏(1994)はこの後方への倒れ込みによって,投射方向への軸移動がスムーズになり,ハンマーの加速が促されると述べています.




・ハンマー投射時の地面反力
 地面に1kgの力が加わると,地面から1kgの力が返ってきます.このように地面を押した際に生じる反発する力を地面反力と言い,より地面により強く力が加われば,より強い地面反力を得ることができます.ハンマー投において地面反力によって得られたエネルギーは,身体を通してハンドル部の張力として伝えられ,重要な動力源となっています.
  太田ほか(2009,2010)の一連の研究よると.実際の投擲運動では両足支持期において, 70m(一般男子用ハンマー7.260kgを投げた場合)のハンマーの投擲でおよそ2500N(254.9291kg)にもおよぶ大きな地面反力が足部に作用していますが,片足支持期には半分以下に低下することが示されています.つまり,両足支持期から片足支持期に遷移する過程での地面反力の急激な低下によって,不可避的にハンドルはハンマーヘッド側に引っ張られて,運動エネルギーの低下が生じてしまい,ハンマーヘッドは減速してしまいます.
 ハンマー投の運動は,ハンマーヘッドの運動エネルギーが増加し続けることが望ましいですが,ハンマーヘッドは実際には加減速を繰り返しながら,ターン毎に加速をしていることが分かると思います.

3. まとめ
 今回のコラムでは,ハンマーヘッドが,両脚で地面を捉えているときに加速する構造について述べてきましたがいかがだったでしょうか.「何かパラメータ励振運動によってハンマーは加速しているらしい!」「250kgもの力が働くのであれば,そりゃあ片足はきついわ!」など,興味を持って頂けていれば幸いです.
  感覚的な経験などからハンマー投と向き合うのももちろん大切ですが,それ以外の(今回だと力学的)見方でハンマーと向き合うことで,何か自分の中の新しい発見にもつながるかもしれません.







参考文献:
坂東美和子・田辺智・伊藤章(2006)ハンマー投記録とハンマーヘッド速度の関係.体育学研究51:505-514.
Dapena,J(1984)The pattern of hummer speed during a hammer throw and influence of gravity on its fluctuations.journal of biomechanics,17(8):553-559.
Dapena,J,.Michael E .,and Feltner,M.E.(1989)Inflence of the direction of the cable and radius of the hammer path and speed flucmations during hammer throwing.J.Biomechanics22(6):565-575.
藤井範久・小山陽平・阿江通良 (2008) ハンマー投におけるハンマーヘッド加速要因の再検討 力学的観点からの再検討.バイオメカニクス研究,12(4): 232-242.
藤井範久・小山陽平・阿江通良(2010)ハンマー投ターン局面におけるハンマーヘッド加速技術の研究-ハンマーヘッド加減速パターンの違いに着目して.体育学研究,55(1):17-32.
池上康男・桜井伸二・岡本敦・植屋清見・中村和彦・佐々木秀幸ほか編(1994)ハンマー投のバイオメカニクス的研究 世界一流陸上競技者の技術.ベースボールマガジン社:東京,pp.240-256.
小山陽平・藤井範久・ 阿江通良(2004)ハンマー投げにおける身体重心の移動とハンマー加速の関係,日本体育学会大会号 (55), 325
Murofushi,K.,Sakurai,S.,Umegaki,K.,and Takamatsu,J.(2007) Hammer acceleration due to thrower and hammer movement patterns.,Sports Biomechanics.,6(3):301-314.
室伏重信・斎藤晶久・湯浅景元(1982)ハンマー投のバイオメカニクス的研究 投射時におけるハンマーヘッドの初速度・投射角・投射高が記録に及ぼす影響,中京体育学研究.23(1):38-43.
室伏重信(1994)ハンマー投げ(最新陸上競技入門シリーズ).ベースボールマガジン社:東京,pp.36-40.
太田憲・梅垣浩二・室伏広治・桜井伸二(2010)ハンドル部のパラメータ励振に基づくハンマー頭部の加速.日本機械学会スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス2010講演論文集:11-17.
太田憲・室伏広治(2010)ハンマー投の力学と新しいトレーニング方法の開発,日本機会学会誌(113):109-111.
太田憲・梅垣浩二・室伏広治,羅志偉(2009)振子モデルによるハンマー投運動の解析,日本機械学会ジョイント・シンポジウム2009:447−452.
2016年10月26日掲載
12月16日訂正

戻る