競歩競技者における怪我の概要

MC1 佐藤高嶺

はじめに
 RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして.愛知県にあります至学館大学を今年の春に卒業し,今年度より筑波大学大学院に入学しました,佐藤高嶺(さとうたかね)と申します.
 専門種目は競歩で,特に50km競歩をメインに取り組んでおります.現段階では競歩競技者におけるスポーツ障害に関する研究を行っていこうと考えており,特にアライメント異常(扁平足,下肢のねじれ,O脚,X脚など)と動作や筋活動との関係について興味があります.
 ここ数年,筑波大学陸上競技研究室には競歩を専門とする方が在籍しておらず,もちろんRIKUPEDIA始まって以来初の競歩をメインテーマとするコラムになるかと思います.そんな今回のコラムでは,競歩競技者における怪我の概要について紹介させていただきます.

競歩の傷害頻度について
 Kummant(1981)は,競歩は健康体力作りに有益であるとともに,怪我への大きなリスクなく競技会への機会をあたえてくれるスポーツであると広く信じられており,このことが競歩参加者の増加傾向につながっていると推測しています.さらに,Fransis et al.(1998)のレクリエーショナルな競歩競技者を多く含むアンケート調査では,平均的にいうと回答者たちが6.4年毎に1回の頻度(100名中約16名が1年間に1回怪我をするということになる)で怪我をかかえていたと報告しており,このことだけを元にすると競歩が比較的に怪我へのリスクが少ない安全なスポーツであるという信用は正しいものであるとしています.
 Alonso et al.(2012)は世界陸上テグ大会開催期間中に発生した傷害についての報告をしており,試合に影響するような傷害の受傷率を見てみると長距離や混成競技に比べて競歩は受傷率が低かったことがわかっています.また,男女の種目別で受傷率を見てみると男女ともに20km競歩は5000mやマラソン,七種や十種競技,400や走高跳びなどの他種目に比べると低い割合を示していました.その一方で,男子50km競歩は男子のマラソン,十種競技,走り幅跳びに次いで4番目に受傷率が高い割合を示していました.Alonso et al.(2012)は3000mSCやマラソンといった中・長距離種目に傷害が多い理由として強度は低いものの,練習や試合時間が長いということやオーバーユースが影響していると推測しています.
 Hanley(2014)は,一流競歩競技者を対象にした調査の報告をしています.Hanley(2014)が行った調査では男性71名中42名(59%),女性41名中27名(66%)が最近12ヶ月内に1回は傷害を抱えていたとしており,112名中69名(62%)が1年間に1度は傷害を抱えていたことになります.これについてレクリエーショナルな競技者を多数含む調査を行ったFransis et al.(1998)の報告による6.4年毎に1回の頻度で傷害を抱えていたということと比較してみると,一流競歩競技者を対象としているHanley(2014)の調査の方が受傷頻度は高いように考えられます.

競歩における怪我の傾向
 競歩における怪我の頻度は決して高くはないものの,これまでにいくつかの研究が行われています.下にそれらの研究において明らかになった怪我の診断名,部位をまとめてみました.Francis et al.(1998)とHanley(2014)の調査ではともに統計学的には受傷頻度に男女差はなかったとされています




 表1のようにまとめてみると3つの研究ともにハムストリングや脛,足部の怪我が多いことがわかります.また,診断名としては少ないものの,部位だけで見てみると膝も好発部位であることがわかります.これらの結果から競歩競技者における怪我はランナーの怪我と似ているとされています(Francis et al.,1998;Palamarchuk,1981).
ランナーの怪我については,現在研究生をされています黒坂さんが以前コラムにてまとめられているため,よろしければご一読ください.
http://rikujo.taiiku.tsukuba.ac.jp/column/2014/30.html

現場における競歩の怪我
 私が競歩に取り組み始めた理由としては,走りでは周囲になかなかついていくことができず,結果が出なかったこと(競歩であれば競技人数が少ないため県大会などの上位の大会へつながりやすいです).そしてもう一つは結果の出ない中で,アキレス腱を怪我してしまい,衝撃の少なそうな競歩であればできるかなと考えたことです.このように他の種目でうまくいかなかった,怪我をした時のリハビリとして競歩に取り組み始めたという理由は現場でよく耳にする理由ではないかと思われます.実際にFrancis et al.(1998)の調査では400人の回答者の約3分の1はランニングなどの他の運動で怪我をしてから競歩を始めています.このことを踏まえるとやはり競歩はランニングよりも安全な運動であると考えられていそうです.<

最後に
 以上のように競歩競技は比較的安全とされている(Kummant,1981)ものの,決して怪我をしないわけではありません.また,歩競技者における怪我はランナーのそれに似ており,怪我の部位としてはハムストリング,脛,膝,足部が多いようです(Hanley,2014;Francis et al.,1998;Palamarchuk,1981).さらに,女間に受傷頻度の差は見られない(Francis et al.,1998;Hanley,2014)ものの,競技レベルによっては受傷頻度に差があることが示されています(Francis et al.,1998;Hanley,2014).
 ここまで競歩競技者における怪我の概略について述べてきましたが,それではそれらの怪我を防ぐにはどうしたら良いのかという疑問が浮かぶかと思います.それに関しては今後さらに論文を読み進め,自ら研究を行うなどして明らかにしていきたいと考えています.
 現在,私自身は競歩種目に取り組み始めてから7年目を迎えています.その中でかかえた競歩が原因と推測される怪我としては,鵞足炎,腰痛,ハムストリングの軽度の肉離れ,シンスプリント,前脛骨筋のコンパートメント症候群,前脛骨筋の筋膜炎などが挙げられます.この中でも長期にわたり練習で歩くことを制限された怪我はシンスプリントと前脛骨筋の筋膜炎でした.故障中には練習はバイクや水泳などが主な練習となり,なかなか練習に達成感を感じることができなかったり,パフォーマンスの低下による周囲との差を心配したりと,辛い日々のように感じました.ようやく歩き始めた時にはやはりパフォーマンスは大きく低下しており,元の状態に戻すまで時間がかかりました.そのため,怪我を抱えることなく少しでも練習を継続していくことがパフォーマンスを向上させる一番の近道であると私は考えています.できるだけ前向きに練習を積んでいきパフォーマンスを向上さていくためにも,少しでも怪我を防止することができるような方法を模索していきたいと思います.






参考文献:
Alonso,J.M.,Edouard,P.,Fischetto,G.,Adams,B.,Depiesse,F.,and Mountjoy, M.(2012) Determination of future prevention strategies in elite track and field: analysis of Daegu 2011 IAAF championships injuries and illnesses surveillance.Br J Sports Med.,46: 505-514.
Francis,P.R.,Richman,N.M.,and Patterson,P.(1998) Injuries in the sport of racewalking. Journal of Athletic Training,33: 122-129.
Hanley,B.(2014) Training and injury profiles of international race walkers.New Studies in Athletics,29(4): 17-23.
Kummant,I.(1981) Racewalking gains new popularity.Physician Sportsmed.,9(1): 19-20.
Palamarchuk,R.(1980) Racewalking: a not so injury free sport.In: Rinaldi,R.R.and Sabia,M.L.(Eds.) Sports Medicine '80.Futura publishing Co: Mt.Kisco,New York,pp.19-20.
2016年9月12日掲載

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