脱水でパフォーマンスは上がるのか?

MC2 佐伯祐真


はじめに
  RIKUPEDIAをご覧の皆さま,こんにちは,MC2年の佐伯祐真です.
  日増しに暑さが厳しくなり,いよいよ夏本番となってきました.競技会シーズン真っ盛りですが,競技者の方は順調にパフォーマンスを向上させることができているでしょうか.冬季トレーニングを順調に積み,満を持してシーズンを迎えたにもかかわらず,いざ試合に出てみると思うようなパフォーマンスを発揮できないということはよくあることです.それには様々な要因が考えられますが,体重過多が原因となっていることもしばしばあります.スプリントやジャンプなどの,身体を加速させる競技においては,体重当たりの筋力がパフォーマンスにとって非常に重要となってきます(Harman,1994).したがって筋力を維持しつつ体重を減らすことができれば,ほとんどの場合パフォーマンスが上がります.必要な筋肉量を維持しつつ,いらないものを削ぎ落とすことが重要だということです.私もダイエッターのひとりとして日々食欲と闘いながら競技をしているのですが,あるときひとつのインスピレーションが沸いてきました.ある夏の練習後,体重を計ってみると,いつもより3kgも軽いのです.これは明らかな脱水状態です.そしてふと,「脱水状態にすれば筋肉量を落とすことなく体重を減らすことができるため,ひょっとするとパフォーマンスアップにつながるのではないか?」と思ったのです.しかし,脱水状態では良いパフォーマンスが発揮できないということを指導現場ではよく聞きますが,実際のところはどうなのでしょうか?今回はその点について科学的データをもとにお伝えしていきたいと思います.


持久系運動
  まずは,脱水が持久系運動や間欠的運動に及ぼす影響について調査している研究を3つご紹介します.
  Armstrong et al.(1985)の研究では,脱水状態で中長距離走パフォーマンスがどう変化するのかを調査しました.被験者は8名の男性で,通常の状態と脱水状態で,1500m走,5000m走,10000m走をランダムに行いました.この研究では,フロセミドという利尿作用のある薬を用いて脱水状態をつくっています.その結果,脱水状態では1500m走,5000m走,10000m走のタイムはそれぞれ0.16分,1.31分,2.62分遅くなりました.
 Bardis et al.(2013)の研究では,脱水がサイクリングパフォーマンスに及ぼす影響について調査しました.被験者は普段からトレーニングをしている持久系の自転車競技者でした.水分補給ありと水分補給なしの状態で1時間のサイクリングを行い,脱水でない状態と脱水状態(体重-1%)にした後,5㎞の自転車山登りを行いました.その結果,5㎞山登りのタイムは脱水でない状態のほうが脱水状態よりも5.8%速いという結果となりました.
 Maxwell et al.(2009)の研究では,脱水が間欠的スプリントパフォーマンスに及ぼす影響について調査しました.被験者は8名の男性で,1日目に90分間の自転車エルゴメーターエクササイズを行い,脱水状態にしました.その後,被験者はランダムで3種類の水分補給を行いました.2日目は,水分補給によって,通常(-0.62±0.74%),脱水1(-1.81±0.99%),脱水2(-3.88±0.89%)の3種類の状態となり(括弧内は体重減少の割合),それぞれ自転車の間欠的スプリントテストを行いました.その結果,脱水の度合いの最も高い場合(-3.88±0.89%)に,間欠的スプリントテストの終盤においてパフォーマンスが低下しました(図1).
 このように,持久系の運動や,間欠的に繰り返す運動においては,脱水によりパフォーマンスが低下するということが言えます.


ジャンプ・スプリント
 次に,脱水がジャンプ力やスプリント力に及ぼす影響について調査した研究を4つご紹介します.
  Cheuvront et al.(2010)の研究では,15名の健康で活動的な男性被験者が,脱水でない状態(EUH),脱水状態(HYP),脱水+ウエイトベスト(脱水分の質量)を着た状態(HYPV)のそれぞれの場合で,垂直跳を行いました.その結果,EUHとHYPでは垂直跳の跳躍高に有意な差はありませんでしたが,地面反力はHYPとHYPVにおいて,EUHよりも有意に小さな値となりました.跳躍高が変化しなったのは,体重の減少を地面反力の減少が相殺したからであると述べられています.
  Judelson et al.(2007)の研究では,普段からレジスタンストレーニングを行っている男性被験者7名が,運動による熱ストレスと,水分摂取のコントロールにより,脱水でない状態,体重の約2.5%分の脱水状態,約5.0%分の脱水状態の3つに分けられ,翌日に垂直跳を行いました.その結果,Cheuvront et al(2010)の研究と同様,垂直跳の跳躍高に有意な差はありませんでした.
 Hayes and Morse(2010)の研究では,12名の活動的な男性被験者を高温環境とエクササイズにより,6段階の脱水の状態(通常状態,-1.0±0.5㎏(減少体重),-1.9±0.7㎏,-2.6±0.8㎏,-3.3±0.9㎏,-3.9±1.0)にしました.また,それぞれの状態で垂直跳を行いました.その結果,上記2つの研究と同様に垂直跳の跳躍高に有意な差はありませんでした(図2).
  Watson et al.(2005)の研究では,9名の元短距離選手の男性被験者が50m走,200m走,400m走,垂直跳を,脱水状態(40mgのフロセミド摂取)のときとそうでないときに行いました.その結果,50m走,200m走,400m走,垂直跳の全てにおいて,脱水状態とそうでない状態とで有意な差はありませんでした.
 これらのことから,ジャンプやスプリントなどの,身体を加速させる短時間の運動に関しては脱水状態でもパフォーマンスは変わらないということが言えます.


まとめ
 以上のように,残念ながら脱水により体重が軽くなったからと言ってパフォーマンスが向上するということはないようです.持久的な運動のパフォーマンスは低下し,ジャンプやスプリント運動のパフォーマンスは変化しないという結果となりました.ジャンプやスプリントにおいてパフォーマンスが変わらないのであれば,脱水により身体を軽くして関節や靭帯,筋腱に対する機械的負荷を少なくしたほうが怪我のリスクが減るという考え方もできるかもしれません.しかし,脱水が進めば錯乱や四肢麻痺,失神発作,心停止などの非常に危険な症状を引き起こす可能性もあります(和久・相澤,2009).健康を害し,しいては命に関わる危険性があります.決して脱水を推奨しているわけではないことにご留意ください.水分補給は,運動の2時間前に250-500ml程度,その後1時間ごとに500-1000mlの水を200mlずつ飲むと良いと言われています(高田,2009).しっかりと適切な水分補給をして,暑い夏のトレーニングを乗り切りましょう.
 

図1 間欠的スプリントテストにおける仕事量(左)とピークパワー(右)
 (**および*は通常と脱水2との間の有意差を示す(それぞれP=.004およびP=.01)).
(Maxwell et al.(2009)をもとに筆者作成)


図2 脱水による体重と垂直跳跳躍高の変化
 (Hayes and Morse(2010)をもとに筆者作成)





参考文献:
Armstrong,L.E.,Costill,D.L.,and Fink,W.J.(1985) Influence of diuretic-induced dehydration on competitive running performance.Med Sci Sports Exerc.,17:456-461.
Bardis,C.N.,Kavouras,S.A.,Arnaoutis,G.,Panagiotakos,D.B.,and Sidossis,L.S.(2013) Mild Dehydration and Cycling Performance During 5-Kilometer Hill Climbing.Journal of athletic training.,48:741-747.
Cheuvront,S.N.,Kenefick,R.W.,Ely,B.R.,Harman,E.A.,Castellani,J.W.,Frykman,P.N.,Nindl,B.C.,and Sawka,M.N.(2010) Hypohydration reduces vertical ground reaction impulse but not jump height.European Journal of Applied Physiology.,109:1163-1170.
Harman,E.A.(1994)The biomechanics of resistance exercise.In:Baechle,T.R. (Ed.) Essentials of strength training and conditioning.Human Kinetics:Champaign,pp.34.
Hayes,L.D.and Morse,C.I.(2010) The effects of progressive dehydration on strength and power: is there a dose response?.European Journal of Applied Physiology.,108:701-707.
Judelson,D.A.,Maresh,C.A.,Farrell,M.J.,Yamamoto,L.M.,Armstrong,L.E.Kraemer,W.J.,Volek,J.S.,Spiering,B.A.,Casa,D.J.,and Anderson,J.M.(2007) Effect of Hydration State on Strength, Power, and Resistance Exercise Performance.Medicine & Science in Sports & Exercise.,39(10):1817-1824.
Maxwell,N.S.,Mackenzie,R.W.A.,and Bishop,D.(2009) Influence of Hypohydration on Intermittent Sprint Performance in the Heat.International Journal of Sports Physiology and Performance.,4:54-67.
高田和子(2009)アスリートの水分補給.河野一郎・福林徹監,アスレティックトレーナー専門科目テキスト⑨スポーツと栄養.日本体育協会:東京,pp.34.
和久貴洋・相澤勝治(2009)減量障害.小出清一ほか編,スポーツ指導者のためのスポーツ医学(改訂第2版).南江堂:東京,pp.177.
Watson,G.,Judelson,D.A.,Armstrong,L.E.,Yeargin,S.W.,Casa,D.J.,and Maresh,C.M.(2005) Influence of Diuretic-Induced Dehydration on Competitive Sprint and Power Performance.Medicine & Science in Sports & Exercise.,37:1168-1174.
2016年6月20日掲載

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