棒高跳ってどんな競技?

MC2 景行崇文

Rikupediaをご覧の皆様,お久しぶりです.前回までのコラムでは,私の専門種目である十種競技について触れてきましたが,今回は新しいテーマの「棒高跳」について触れていきます.
  さて,みなさんは棒高跳と聞いてどのような印象を抱きますか?おそらく「体が高くまで上がる様は見ていてカッコいい!」「地に足が着いていない状態でのあの身のこなしは,まさに曲芸!」と,一度は憧れたことでしょう.一方,棒高跳は他の競技とは異なり,道具の補助(ポールの反発力)を受けて記録を競う種目です.その繊細さおよび複雑さから「やってみたいけど出来ない」,「教えてくれる人がいない」といったつっつきにくさがあります.
  そこで,今回は棒高跳を観るため・やるために知っておくべきポイントを紹介していきます.



棒高跳の局面構造
 棒高跳は①助走局面,②踏切局面,③ポール湾曲局面,④ポール湾曲局面,の4つの局面に分けることが出来ます(Fre ̀re J et al., 2010).図1では先に述べた4つの局面を示しています.
 それでは,順にこれらの局面における重要な動作を紹介していきます.


①助走局面
  澤野ほか(2008)は,棒高跳は助走で得た水平方向の速度を,ポールを介して鉛直方向に変化させ,跳躍した高さを競う競技であると述べています.また,高松ほか(2003)はこのことを力学的に言い換え,助走で獲得した運動エネルギーを位置エネルギーに変換する競技である,と述べています.さらに,Adamczewski and Perlt(1997)は助走速度と記録との間で男女ともに有意な正の相関関係が認められたことを報告しています.つまり,高い跳躍高を得るためには速い助走速度を獲得することが必要になります.


②踏切局面
 Steben(1970),淵本ほか(1994)および武田ほか(2005)は踏切足離地時の身体重心水平速度と記録との間には有意な正の相関関係が認められたことを報告しており,助走で得た身体重心水平速度を可能な限り減速させることなく踏切ることが大切になるといえます.澤野ほか(2008)は,踏切脚接地時における踏切足着地距離(踏切脚接地時の踏切足つま先と身体重心との水平距離)と身体重心水平速度との間に有意な正の相関関係が認められたことを報告し,重心に近い位置に踏切足を接地することで,身体重心水平速度の減速を抑えられることを示唆しています.また,武田ほか(2006)は,踏切後半における重心水平速度減速率と踏切時の上方のグリップから踏切足までの水平距離との間には有意な正の相関が認められたことを報告し,上方のグリップの真下もしくはやや遠くから踏み切ることで,踏切中に行われる突っ込み動作による重心水平速度の低下を小さくできることを示唆しています.
 踏切には跳躍角(身体重心の速度ベクトルと水平とがなす角度)が発生します.踏切る際,跳躍角が大きければ身体重心の鉛直速度は大きくなる半面,水平速度は小さくなってしまいます.武田ほか(2005 , 2006)が跳躍角と記録との間には有意な負の相関関係が認められたことを報告していることから,身体重心水平速度の減速を抑えるためには跳躍角を小さくして,水平方向に跳び出していく踏切が求められるといえます.ただし,あまりに跳躍角が小さすぎるとポールが立たなかったり,ポールをボックスへ突っ込んだ衝撃に身体が耐えられなかったりと,怪我に繋がる可能性が生れてきます.Linthorne(2000)は数値計算により,身体重心水平速度の減速を最小限に抑える跳躍角は18°であることを報告しています.
 さらに,ポールをボックスに突っ込む際,ポールと地面とがなす角度を大きくすることで大きな曲げモーメントを生み出すことに役立つことが報告されています(Morler and Mesnard, 2007).つまり,上のグリップを出来るだけ高くして(上グリップ側の腕をしっかり上に伸ばしながら)突っ込みを行うことが有効であるといえます.


③ポール湾曲局面
 棒高跳で用いられるポールには,非弾性ポール(アルミニウムや竹)と弾性ポール(グラスファイバーやカーボン)の2種類あります.文字通り,非弾性ポールは曲がらないポール,弾性ポールは大きく曲がるポールです.日本陸上競技連盟競技規則(第183条11項)において,「ポールの材質(材料の混合を含む),長さ,太さは任意であるが,表面は滑らかでなければならない」と定められています.つまり,ポールの材質について決まりはなく,非弾性ポールで試合に出場することも可能です.しかしながら,棒高跳の試合で目にするのは弾性ポールばかりです.それはなぜなのでしょうか?
 高松ほか(1998)はグリップ高と最大重心高との間に高い正の相関関係が認められたことを報告しています.このことについて,木越ほか(2007)は,ポールを大きく曲げることによって曲率半径を小さくし,非弾性ポールと比較して高いグリップを握ることができること,と述べています.また,ポールの湾曲に関して武田ほか(2005, 2006)はポール最大湾曲率と記録との間に有意な正の相関関係が認められたことを報告しております.つまり,良い記録を出すためには高いグリップを握らねばならず,弾性ポールはグリップ高の獲得に非常に有利であると考えられます.そこで,ポールを大きく曲げるためには,下のグリップ側の腕を伸ばすことと大きなスウィング動作が重要になります.
  ポールを曲げるためには,ポールにモーメントを加える必要があります.ポール湾曲局面において,下グリップは前方と上方,上グリップは前方と下方の力をポールに加えています(図2).下グリップ側の腕をしっかりと伸ばし,上下反対向きの力を加えることで効果的に曲げモーメントをポールに加えることができるのです.このことについて,安田・広田(1988)は,下グリップ側の腕の肘関節が90度以上曲がらないようにすると述べ,Steben(1970)は,下グリップ側の肘関節の伸展と記録との間に有意な正の相関関係が認められたことを報告しており,下グリップ側の肘関節が曲がらないようにすることが有効であると考えられます.
 ポール湾曲局面では,踏切後にスウィング動作が行われます.スウィング動作とは,身体が回転する棒のようになりながら,グリップの前上方に移動する動作です(テレツ,2004).このスウィング動作において,身体重心は上グリップ周りに回転運動をしているように考えられ,身体重心には遠心力Fが作用し,身体重心が経路から外れないように支える上グリップにも同様の力が加わっていると考えられます(図3).手足をあえて伸ばし,身体重心を上グリップから遠ざけることで,大きな力をポールの上端に加えられるのです.ペトロフ(1985)は,この大きなスウィングがポールをより湾曲させることに繋がると述べ,村木(1982)はロングスウィングの技術によって,より高いグリップ高を獲得することが可能になると述べています.


④ポール伸展局面
 ポールが伸展するのに合わせて選手の体は鉛直上向きに引き上げられ,突き放し後に選手の身体は空中に投射されます.空中に投射された瞬間における身体重心の鉛直速度や選手の空中姿勢によって最大重心高は変化し,記録にも影響を与えます.上グリップと最大重心高との差のことを「抜き」と言い,広田(1995)は,記録上の最終的要因となるのはポールの握りの高さ(上グリップ)と抜きの高さであると述べています.これは,最終的に記録が上グリップの高さと抜きの高さによって決まるからです.屋外の世界記録保持者であるブブカ選手は,この抜きの高さが1m以上にもなり(安田,1994),その空中での体さばきは棒高跳の魅力の一つでもあります.
 突き放し後,空中に身体が投射されると,身体重心は放物運動をします.つまり,抜きの高さはポール突き放し時における身体重心鉛直速度に起因します.実際,ポール伸びきり時(ポール突き放しの直前)において最大鉛直速度が獲得されることが報告されており(Gros and Kunkel, 1990 ; Anglo-Kinzler et al., 1994 ; Morler, 1999),高松ほか(1998)は,最大鉛直速度と最大重心高との間に高い相関関係が認められたことを報告しています.
 身体重心鉛直速度の獲得について,高松ほか(1997)は踏切足離地時の力学的エネルギーよりもポール伸びきり時の力学的エネルギー方が大きくなったことを報告しており,ポール最大湾曲からポール伸びきりにかけて身体を引き上げる動作中において,肩関節の伸展トルクパワー(手を上から下に下ろす動作,脇をしめる動作)が顕著に大きく力学的エネルギー増大に重要な役割をしていたと示唆しています.



最後に
 今年開催されるリオデジャネイロ五輪の標準記録(5m70)を山本聖途選手(トヨタ)と荻田選手(ミズノ)がすでに突破しており,自己ベストが標準記録以上の澤野選手(富士通)もいることから,今後も目が離せない注目の種目であります.
  局面ごとに重要なポイントを挙げてきましたが,いかがでしたか?新たに棒高跳を始めたくなった方もいらっしゃると思いますが,観るだけでも十分楽しめる競技であり,さらに生で競技を観戦すれば,その迫力は目を見張るものがあります.
 まずは観ることから始めてみてはいかがでしょうか?そして,機会があれば会場まで足を運んでいただき,その迫力をお楽しみ下さい.


図1 棒高跳の局面構造 (Fre ̀re J et al.(2010)を基に筆者作成,一部改変)


図2 踏切足離地時におけるグリップの位置と力成分
 (Fre ̀re J et al.(2010)を基に筆者作成,一部改変)


図3 スウィング動作の模式図



参考文献:

Adamczewski, H., and Perlt, B. (1997)Run-up velocity of female and male pole vaulting and some technical aspects of women’s pole vault.New Studies in Athletics,12,63–76.
Fre`re, J.,L’hermette M., Slawinski J., and Tourny-Cgollet C. (2010) Mechanics of pole vaulting : a review. Sports Biomech, 9,(2): 123-138.
Linthorne, N. P. (2000)Energy loss in the pole vault take-off and the advantage of the flexible pole.Sports Engineering,3: 205–218.
Morlier, J., and Mesnard, M. (2007)Influence of the moment exerted by the athlete on the pole in pole-vaulting performance. Journal of Biomechanics, 40: 2261–2267.
Steben, R. E. (1970)A cinematographic study of selective factors in the pole-vault..Research Quarterly  41: 95–104.
トム テレツ:図子浩二訳(2004)[特別寄稿]棒高跳の技術.陸上競技学会誌,2:1-4.
木越清信・小林史明・下嶽進一郎(2007)棒高跳におけるグリップ高に影響を及ぼす技術的要因‐日本人競技者はグリップ高を高めるために何をすべきか?‐.陸上競技学会誌,6:89-94.
澤野大地・本道慎吾・田端健児・安住文子・村上幸史・青山清英・小山裕三・澤村博(2008)棒高跳の踏切動作に関する研究‐身体重心の速度変化を中心に‐.陸上競技研究, 72:22-32.
高松潤二・阿江通良・藤井範久(1998)棒高跳に関するバイオメカニスクス研究:ポール弦反力から見た最大重心高増大のための技術的要因.体育学研究,42:446-460.
高松潤二(2003)棒高跳の動作.体育の科学,53:31-37.
武田理・村木有也・小山宏之・阿江通良(2005)身体重心速度およびポール湾曲度からみた男子棒高跳選手のバイオメカニクス的分析.陸上競技研究紀要,1:30-35.
武田理・村木有也・小山宏之・阿江通良(2006)男子棒高跳における重心水平速度変化およびポール湾曲度.陸上競技研究紀要,2:144-146.
広田哲夫(1995)最新陸上競技入門シリーズ.棒高跳.ベースボール・マガジン社:東京,pp.9-44.
淵本隆文・高松潤二・阿江通良(1994)棒高跳の動作学的力学的分析 世界一流陸上競技者の技術(第三回世界陸上競技選手権大会バイオメカニクス研究班報告書).ベースボール・マガジン社:東京,pp.193-204.
ペトロフ:村木征人訳(1985)棒高跳の技術.月刊陸上競技,6月号:154-159.
村木征人・室伏重信・加藤昭(1982)現代スポーツコーチ実践講座2.陸上競技(フィールド).ぎょうせい:東京,pp.380-443.
安田矩明・広田哲夫(1988)棒高跳.日本陸上競技連盟編,陸上競技指導教本.大修館書店:東京,pp.121-142.
安田矩明(1994)スポーツを考える (その3) セルゲイ・ブブカ選手の棒高跳.中京大学体育学論叢,35(2):123-133.
2016年6月6日掲載

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