目指すべきクラウチングスタートとは?−

加藤伸栄

RIKUPEDIAをご覧の皆様.初めまして,今回のコラムは,研究生の加藤が担当させていただきます.静岡県の保健体育教諭という身分ですが,今年一年間,陸上競技のコーチングの勉強をするために筑波大学陸上競技研究室で活動しております.
 過去のコラムの中に,スプリント種目についてのテーマがいくつかありますが,クラウチングスタートにおけるブロッククリアランス動作をテーマにしたものがありませんでした.今回は,クラウチングスタートのブロッククリアランス動作を中心に紹介させていただきます.


スターティングブロック配置の現状

スターティングブロックの配置については,主にバンチスタート,ミディアムスタート,エロンゲーテッドスタートの3タイプに分けられます(Harland M.J. and Steel J.R.1997,尾縣2007,日本陸連2013).
 一川ほか(2006)は,201名を対象とした被検者のうち,163名(81.1%)の選手がスターティングブロックの設置方法は自分で見つけたと回答があり,指導者自身も設置方法に関する基準は基本的に有しておらず,設置方法は選手自身の構え易さに任せて設置されている傾向があることを報告しています.
 また,伊東(2013)は,「年齢やトレーニング環境によって,筋力・柔軟性などが異なるので,スタート方法に対する考えは当然毎年変える必要があると思うが,多くの選手をみると,陸上競技に出会ったときのスタートポジションのまま,自分自身が利き足の判断がつかない状況で,競技を続けている選手が多いと思う」と述べています.このことから,コーチはもちろんのこと,選手自身もスターティングブロックの配置の違いによる特性を理解し,その後のブロッククリアランス動作も含めた設置方法の確立が求められます.


ブロッククリアランス動作の違い

土江(2013)は,「私が選手の感覚として持っている方法として,ブロッククリアランス動作を,腰,膝,体幹等が縮んだ状態から伸びるような作用を用いてブロックを蹴る方法(伸びあがり式),セットでお尻を高く保ち,それが前に倒れることによって重心が前方向へ移動する方法(倒れ込み式),その両方を兼ね揃えた方法(中間型)の3タイプ」に分けて紹介しており,土江(2011)は,指導書において,伸びあがりと倒れ込みの両方を兼ね備えた中間型を推奨しています.
 しかし,ブロッククリアランス動作においては,スターティングブロックへの力発揮が必須であり,その力発揮がどのようにブロッククリアランス動作に影響を及ぼすかを理解する必要があります.以下では,特に中間型のブロッククリアランス動作につながる,3つのポイントを紹介します.


スターティングブロックに加えられる水平方向の力積

篠原・前田(2013)は,スターティングブロックに加えられた力とブロッククリアランスの関係について,スターティングブロックへの力積の水平成分は鉛直成分よりも有意に大きく,後ブロックおよび前ブロックでも同様の結果であり,ブロッククリアランスにおける力発揮は水平成分の力積によって特徴づけられるものと考えられると報告しています.
 また,篠原(2011)は,ブロッククリアランス時の水平速度の増大を図るには,ブロッククリアランス局面で加えられる力積の水平成分を大きくする必要があり,その為には,加えられる合力積の方向を水平方向に近づけることで水平成分の割合を大きくするか,合力積の大きさそのものを大きくすることで水平成分の力積も大きくするかのいずれかになるが,スターティングブロックに加えられた合力積とブロッククリアランス時の水平速度の間に有意な相関関係が認められなかったと報告しています.そして,加えられる合力積を増大させなくても,力積の水平成分を大きくする,すなわち,力発揮の方向をより水平方向に近づけることで,ブロッククリアランス時の水平速度の増大を図ることが可能であり,スターティングブロックへ大きな力積を加えなくても,力発揮の方向を水平方向へ近づける技術があれば,ブロッククリアランス時の水平速度を向上させられると述べています(篠原,2011).このことから,ブロッククリアランスにおいて,身体重心水平速度(前へ進むスピード)を高めるためには,スターティングブロックへの水平成分の力発揮および,その技術が重要だと考えられます.


逆振り子モデルから見たクラウチングスタート

金高ほか(2009)は,前足の足先と身体重心を仮想の線分で結んだ逆振り子モデル(Jacobs and Ingen Schenau,1992)を用いて,クラウチングスタートとスタンディングスタートの水平速度獲得要因の違いを明らかにしています.クラウチングスタートでは,動作開始から逆振り子の回転と伸展の2つの要素で水平速度を獲得しており,水平速度50%獲得以降は,伸展・回転の両方の要素により水平速度を獲得していたが,主に逆振り子の伸展速度の増加により水平速度を増加させていたと報告しており,離地時の水平速度の大きさは,クラウチングスタートでは伸展速度と回転速度の両方で高い相関関係が認められたとしています.
 篠原・前田(2014)は,スターティングブロックへの力発揮と逆振り子モデルとの関係に着目し,BLC(ブロッククリアランス局面での力発揮指数:スターティングブロックに加えられた力積の水平成分をスターティングブロックに加えられた力積の水平成分と鉛直成分の合成で除したもの)(図1参照)を用いて検証したところ,BLCが高く,ブロッククリアランス局面における力発揮がより水平方向となっていた者ほど,ブロッククリアランス動作では,体幹の角度の変化を抑え,身体の回転運動に合わせた伸展運動を行っており,身体重心の推移がより水平方向に近づくように動作していたと報告しています.このことから,BLCを高めることは,伸びあがりと倒れ込みの二つの要素を活かした中間型のブロッククリアランス動作につながるとポイントだと考えられます.
 また,篠原・前田(2014)は,BLCと後脚の膝関節角度の間には正の相関関係が認められ,ブロッククリアランス局面における力発揮がより水平方向となっていた者ほど,引き出した後脚の膝関節角度が屈曲していなかったと述べています.Slawinski et al.(2010)は,一流スプリンター6人(100m:10.06~10.43秒)と準一流スプリンター6人(100m:11.01~11.80秒)のスタートおよび疾走動作の特徴を比較し,一流スプリンターは,クリアランス時の走速度はすでに準一流スプリンターより高く,遊脚のつま先が低い位置で前方へ引き出されていたことで,身体の上下動が少ない動作になっていたと報告しており,ブロッククリアランス局面における力発揮をより水平方向に向けることで,スターティングブロックの後ろ脚を前に振り出す際,膝があまり曲がらず,足が地面に対して低い位置を通るという点で一流スプリンターの特徴に近づくことが示唆されます.
 朝原(2013)は,30mのスタートダッシュを,それぞれの走動作の意識を少しずつ変えて5試技行い,その時の自分の感覚と走パフォーマンスの即時提示を擦り合わせ,比べた要点をまとめています.その中で,①「体の傾斜をつけて,受動的に重力を利用して前に転がり込むようにという意識」.②「クラウチング姿勢時から腕に7割の体重をかけ身体を前傾させ,ブロックを強く蹴ることは意識せずにスタート」.③「スタート後も体が前方に倒れ込む勢いを妨げないように足を運び,脚力を最大限に使ってキックする意識はもたなかった」という3つの意識を合わせた試技に,「ストライドを大きく」と,脚力に頼って大きなストライド長を獲得するのではなく,「接地時間を少し長めに,足首の力を抜いて,ゆったりリラックスしてストライドを大きく」という2つの意識を加えたスタート動作が,努力感が少ないにもかかわらず,ストライド長が大きな走りとなり,走速度も試技中で最も高く(20m地点で9.80m/s),接地時間が1歩目で長く,2,3歩目でも比較的長かったが,4歩目以降は他の試技と同程度であったとし,自分が考えているよりも走速度が出ていたと述べています.この研究は,客観的な思考になるための手段のひとつとしてスタート測定データを活用し,実際に起こっている現象と主観的な感覚の擦り合わせをし,パフォーマンスの改善を試みた筆者の経験および科学的測定の事例の紹介であり,ブロッククリアランスの手法の検討ではありません.しかし,逆振り子モデルの回転,伸展要素をうまく活かすクラウチングスタートの意識の一例と捉えることができるかもしれません.


クラウチングスタートにおけるスターティングブロックの役割

篠原・前田(2015)は,スターティングブロックを用いたクラウチングスタートと用いないクラウチングスタートとを検証し,ブロッククリアランスでの力積に有意な差が認められなかったが,スターティングブロックを用いない方が,ブロッククリアランスのタイムが長く,力積の水平成分が小さく,鉛直成分が有意に大きかったと報告しています.そして,後脚での力発揮では,スターティングブロックを用いなくても力を加える時間は変わらないが,大きな力を水平方向に発揮できず,大きな力積を加えることができなかったと報告し,スターティングブロックを用いないと,ブロッククリアランスにおける力発揮では,前脚が貢献する割合が相対的に大きくなり,後脚での力発揮を利用したクラウチングスタートが難しく,水平方向への加速が小さい走りとなることが考えられると述べています.
 また,篠原(2014)は,スターティングブロックを用いないクラウチングスタートでは,回転運動と伸展運動が小さいブロッククリアランス動作となっており,両足局面における回転運動の範囲や回転角速度の低下を引き起こしていたと報告し,クラウチングスタートにおける回転(倒れ込み)の要素を高めたブロッククリアランス動作は,スターティングブロックを用いることで可能となる動作技法であると考えられ,スターティングブロックは身体の回転運動が大きいブロッククリアランスを可能にする役割をもつものと考えられると述べています.これらの報告から,スターティングブロックを強く蹴り,伸びあがるだけの意識ではなく,倒れ込む為に使う意識を持つことも一つの方法ではないでしょうか.そして,前足だけでなく,後足での力発揮を利用する意識を持つなど,スターティングブロックをブロッククリアランスにどのように活かすかを考えることは,非常に重要な要素だと言えます.


最後に

Tellez and Doolittle(1984)は,ブロッククリアランスタイムは100mレース全体のタイムに占める割合が5%程度ではあるものの,良いスタートは単にブロッククリアランスタイムを短縮するだけでなく,レース全体に対して最も貢献度の高い加速局面に影響することから,その貢献度は5%以上にもなるとしています.また,杉本(2013)は,「スプリント種目において,スタートは非常に重要な部分であることは当然であり,特に距離が短ければ短いほど,その重要性は高まる」と述べています.このことから,クラウチングスタートのブロッククリアランス技術は,スプリントの重要な要素の一つだと言えます.今回は,スターティングブロックへの力の発揮方向や逆振り子モデルからクラウチングスタートの,主に中間型につながるブロッククリアランス動作のポイントについて検証した研究を紹介しました(図2参照).
 しかし,どのようなブロッククリアランスの方法をとるかは選手それぞれです.土江(2013)は,「上手く結果につながる技術や感覚は人それぞれ異なるものであり,自分のレベルや体型,筋力に合うスタートの技術や感覚をつかむことが,パフォーマンス向上のためには重要」だと述べています.今回のコラムのポイントを参考に,スターティングブロックへの力発揮の方向や,逆振り子モデルにおける回転,伸展要素を踏まえて,それぞれにあったスターティングブロックの配置やブロッククリアランスを試していただけたらと思います.



図1.BLCの説明図(篠原・前田,2014をもとに著者作成)


図2.クラウチングスタートにおけるブロッククリアランス技術
(篠原,2014をもとに著者作成)





参考文献:
朝原宣治(2013)陸上短距離走のスピード‐客観的思考と主観の擦り合わせによる理想の追求‐.体育の科学,Vol.63,No.7 :pp537-543.
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伊東浩司(2013)10秒00のスタートダッシュ.スプリント研究,22:3-10.
Jacobs,R.and Schenau,G.J.I.(1992) Intermuscular coordination in a sprint push-off.Journal of Biomechanics,25(9):953-965.
Jean Slawinski,Alice Bonnefoy,Jean-Michel Leveque,Guy Ontanon,Annie Riquet,Raphael Dumas,and Laurence Cheze(2010)Kinematic and kinetic comparisons of elite and Well-trained Sprinters during sprint start.Journal of Strength and Conditioning Research,Vol.24(4) : pp896-905.
金高宏文・松村 勲・瓜田吉久(2009)逆振り子モデルからみたクラウチングスタートとスタンディングスタートの水平速度獲得要因の違い.スプリント研究,19:19-28.
日本陸上競技連盟(2013)陸上競技指導教本アンダー16・19[上級編] レベルアップの陸上競技.大修館書店:東京,pp.2-3
尾縣 貢(2007)ぐんぐん強くなる陸上競技.ベースボール・マガジン社:東京,pp.36-37
篠原康男(2011)短距離走のクラウチングスタートにおけるスターティングブロックの有効性の究明~日本人選手に適したブロッククリアランスを求めて~.財団法人上月スポーツ・教育財団第9回(2011年度)スポーツ研究助成事業研究論文.
篠原康男(2014)短距離走クラウチングスタートにおけるスターティングブロックへの力発揮からみたブロッククリアランス動作に関する研究.平成26年度神戸大学博士論文.
篠原康男・前田正登(2013)短距離走スタートにおけるスターティングブロックに加えられた力とブロッククリアランスの関係.体育学研究,58:585‐597.
篠原康男・前田正登(2014)クラウチングスタートのブロッククリアランスにおける力発揮と動作の関係.体育学研究,59:887‐904.
篠原康男・前田正登(2015)クラウチングスタートにおけるスターティングブロックの役割とその効果に関する検討.体育学研究,doi:10.5432/jjpehss.14078.
杉本龍勇(2013)爆発的な加速力を生み出すスタートテクニック.スプリント研究,22:11-20.
Tellez,T.and Doolittle,D.(1984)Sprinting from start to finish.Track technique,88: 2802-2805.
土江寛裕(2011)陸協競技入門ブック 短距離・リレー.ベースボール・マガジン社:東京,pp.38-39.
土江寛裕(2013)バネを上手く利用した,「崩して」「支える」スタートダッシュ.スプリント研究,22:21-23.

2015年12月21日掲載

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