短距離走における血中乳酸濃度の解釈

MC1 白木駿佑

RIKUPEDIAをご覧のみなさん.初めまして,MC1の白木です.福島大学から筑波大学大学院に入学し,「短距離走における経済性」をテーマに研究しております.テーマからも察することができるように専門種目は短距離走です.その中でも400mを中心に競技を続けています.
 さて,今回のコラムはタイトルにありますように,血中乳酸濃度について紹介させていただきます.

まず,「乳酸」と聞いて,何を考えますか?「疲労物質だ!」と思う人も多いかもしれません.確かに乳酸には水素イオンを放出してpHを低下させ,筋収縮を妨げる一面があるとされています(Fitt,1994).しかし,八田(2015)は,疲労とは様々な要因が複合的に影響して起きるものだとし,乳酸はむしろエネルギー源であり,疲労を防ぐような働きもあると述べています.このように乳酸は疲労の主原因ではないといった見解が広まりつつあります.
 次に血中乳酸濃度について紹介します.吉田(2008)は,血中乳酸濃度について,簡易に測定が可能なため,乳酸の代謝を理解することができれば,それぞれの目的に適したトレーニングを選択,処方できるようになると述べています.一方で,現場において測定が容易に行えることだけが先行し,血中乳酸濃度が,どのような意味を持つのか,背景にどのようなことが起きているのかということの理解があまりなされていないのが現状であるとも述べています(吉田,2008).したがって,測定された血中乳酸濃度に対し,適切な解釈ができるようになれば,より効果的・効率的なトレーニングを行うことができると考えられます.そこで今回は,その解釈の一助となるような内容を紹介したいと思います.

最初に,乳酸について説明します(図1).運動強度(走速度など)が上がり,多くのエネルギーが必要になると,エネルギー供給系の一つである解糖系が亢進します.そして,糖分解が進むとピルビン酸が生成されますが,それがミトコンドリアの反応量より多くなると余ったピルビン酸が乳酸になります(八田,2008).つまりミトコンドリアで酸化しきれないピルビン酸は乳酸に変化することになります.そして,乳酸は血中へ放出され,ミトコンドリアの多い遅筋線維などに取り込まれて酸化されます(八田,2008).すなわち乳酸はエネルギーとして使われるのです.したがって運動強度が高まると,乳酸は作られ,使われます.これらのことから,血中乳酸濃度は,乳酸の作られた量と使われた量のバランスで決まるといえます(八田,2015).

以上のことから血中乳酸濃度とは乳酸が作られ,使われる中で血中にどのくらい乳酸があるかを示す指標であることがわかります.しかしその作られる量,使われる量は個々の生理的特性によって異なる(森丘,2008)ため,個人間における血中乳酸濃度の単純な比較はできないと考えられます.したがって,血中乳酸濃度から運動の評価をするためには,個々の特性を考慮する必要があると言えるでしょう.実際に,400m走の記録と運動終了後における最高血中乳酸濃度の関係を調査した研究がいくつかありますが,相関が認められるもの(Ohkuwa and Miyamura,1984)もあれば認められないもの(大西ほか,1998)もあります.その原因として生理的特性が選手によって異なることが挙げられます.乳酸値を用いて,簡単な例を挙げてみます.二人の選手が400m走を行い,二人とも15mMの血中乳酸濃度が測定された場合を考えます.一人の選手(A選手)は20mMの乳酸を生成*して,5mMの乳酸を酸化*し,血中乳酸濃度は15mMになったとします.もう一方の選手(B選手)は18mM生成して3mM酸化し,15mMになったとします.測定される血中乳酸濃度は同じでも,もしこのような状況が体内で起こっているならば,A選手の方がより多くのエネルギーを生成しており,記録が良いことがあります.一方で,記録が同程度であった場合はB選手の方が技術的に優れている可能性があります.このことに関して,持田(2008)は,無駄な動作により,余計な筋活動が起これば血中乳酸濃度は高くなると述べており,運動の技術によってより少ない乳酸生成(エネルギー量)で運動ができると考えられます.以上のことから,選手の生理的特性や運動の技術を勘案して乳酸値の解釈をすることが重要だと考えられます.また,血中乳酸濃度からそのような特性を予測することも可能かもしれません.
*ここでは乳酸の血中への出入を「生成」と「酸化」で表現しています.数値はあくまでも簡易的に表現したものです.

次にどのような生理的特性が乳酸値に影響を与えるのかを説明します.前述したように乳酸はミトコンドリアに入らなかったピルビン酸から生成されます(八田,2008).つまりピルビン酸をたくさん生成する糖分解の能力とミトコンドリアの数(能力)が乳酸値に直接影響すると考えられます.八田(2015)は,遅筋線維はミトコンドリアが多く,乳酸を使う線維であり,速筋線維はミトコンドリアが少なく,筋グリコーゲン(糖)が多いため乳酸を作る線維であると述べています.したがって,遅筋線維より,速筋線維の割合が大きい選手は乳酸が作られやすいと考えられます.また,八田(2004)が,持久的トレーニングにより,速筋線維にミトコンドリアが増えて遅筋線維の性質も持つと述べていることから,速筋線維の遅筋化によって,乳酸は作られにくくなると考えられます.以上のことから,全体の傾向としては持久的能力の高い選手ほど血中乳酸濃度は低くなる可能性があると言えます.実際に,MART(Maximal Anaerobic Running Test)という無酸素性能力を測定するテストにおいて,中距離走選手は,短距離走選手より最高血中乳酸濃度が有意に低い.(P<0.01)ことが認められています(森丘ほか,2003).

以上のことから,血中乳酸濃度は,端的に言えば,「どれだけ糖を分解して,どれだけミトコンドリアでピルビン酸を酸化できるか」によって決まると考えられます.したがって,血中乳酸濃度は糖分解の量,乳酸の酸化能力,運動の技術によって大方が決まると言えるでしょう(図2).選手の生理的特性を練習状況や各種コントロールテスト,血中乳酸濃度などから大まかに把握することで,各選手の血中乳酸濃度を解釈できるようになると考えられます.
 今回は血中乳酸濃度の解釈について,乳酸の生成と酸化に関する内容を中心に紹介しました.また,今回のコラムは乳酸の第一人者である東京大学の八田秀雄氏の書籍を中心に解説いたしました.興味の持たれた方は,ご参考ください.次回のコラムでは,血中乳酸濃度の活用方法についてより実践的な内容を紹介したいと考えています.


図1.乳酸の生成と酸化のイメージ図(八田,2015をもとに著者作成)

図2.血中乳酸濃度に影響を与える主な要因



参考文献:
Fitts,R.H.(1994)Cellular mechanisms of muscle fatigue.Physiol.Rev.,74:49-94.
八田秀雄(2004)エネルギー代謝を活かしたスポーツトレーニング.講談社:東京.
八田秀雄(2008)血中乳酸濃度はどんな意味があるのか.八田秀雄編著,乳酸をどう活かすか.杏林書院:東京,pp.1-11.
八田秀雄(2015)新版 乳酸を活かしたスポーツトレーニング.講談社:東京.
森丘保典・伊藤静夫・持田尚・大庭恵一・原孝子・内丸仁・青野博・雨宮 輝也(2003)間欠的な漸増負荷ランニング中の血中乳酸動態から推定されるパワーと400m走記録との関係.体育学研究,48(2):181-190.
森丘保典(2008)血中乳酸濃度をどう活かすか~陸上競技2~.八田秀雄編著,乳酸をどう活かすか.杏林書院:東京,pp.79-92.
持田尚(2008)血中乳酸濃度をどう活かすか~陸上競技3~.八田秀雄編著,乳酸をどう活かすか.杏林書院:東京,pp.93-106.
Ohkuwa.T., and Miyamura.M.(1984)Peak blood lactate after 400m sprinting in sprinters and long-distance runners.Japanese journal of Physiology,34:553-556.
大西崇仁・水野増彦・中川一紀・江田茂行・上田太・植木貴頼・黄仁官・堀居昭(1998)陸上競技400m走の記録向上を目的としたインターバルトレーニング内容の検討 : 血中乳酸濃度を指標として.日本体育大学紀要,27(2):259-267.
吉田祐子(2008)乳酸の代謝のメカニズム.八田秀雄編著,乳酸をどう活かすか.杏林書院:東京,pp.13-25.

戻る