スプリンターに必要なトレーニングとは

MC1 齋藤仁志


はじめに
  RIKUPEDIAをご覧の皆様,はじめまして,今回コラムを担当します,MC1の齋藤と申します.現在,第一酒造にご支援いただき実業団選手として現役で競技を続ける一方,4月から筑波大学大学院に進学し,陸上競技研究室で学んでいます.専門種目は200m走です.

今回のテーマを決めるにあたり、Twitterを活用し,フォロワーの皆様からテーマを募集しました . 一番多かった質問は「トレーニング」に関する内容でしたので,今回はスプリンターに必要なトレーニングについて書いていこうと思います.レンジャーズのダルビッシュ有選手が「練習は嘘つかないって言葉があるけど…頭使って練習しないと普通に嘘つくよ」とSNSで発言しましたが,非常に共感をもちました.300mを何十本も走るような「根性練」も時には必要かと思いますが,努力のベクトルを間違えると,目標達成へ遠回りになります.

指導者は選手個人の特徴を客観的データをもとに見抜き,動作や能力改善を図っていく必要があり,その上でトレーニングの方向性を決める必要があります.そして,試行錯誤を繰り返しながら,日々のトレーニング計画を構築すべきです.また,競技者は,与えられたトレーニングがどのような箇所を鍛え,どのような意味が内在するか等への理解度が疎いと,練習効果が希薄になることが懸念されます.すなわち,両者共にトレーニングに関する正しく深い知識が重要となり,随時コミュニケーションをとる必要性があります.是非,今回の私のコラムを参考にしていただき,今後のトレーニング計画に役立てていただけければ幸いです.


トレーニングの期分け
 シーズンも終盤に差し掛かり,そろそろ新しい年間計画に取りかかる必要があります.その際に,目標,課題,トレーニングの原理・原則を可能な限り踏まえ,上手にプランニングしていきましょう.谷川ほか(2012)は,年間計画作成に当たり,下記のようなメゾ周期(3〜6週間)で捉えるべきであり,それぞれにおいて必要かつ重要となるトレーニングが異なるとしています.また,トレーニング過程は周期的で連続的なものであり,準備期(競技的状態の形成)-試合期(維持)-移行期(消失)を,1年または半年周期で繰り返すとも述べています(図1).谷川ほか(2012)が述べた,各期で重視すべきトレーニングおよびポイントを,下に記しました.トレーニングの量と強度は互いに相反するものであり,時期によりそれらを上手に変化させながらトレーニングメニューを構築していきましょう.また,山崎(2008)は,トレーニング立案をする際に必要なトレーニングモデルは,Speed,Special Speed Endurance,Speed Endurance,そしてEnduranceの4つに分けられるとしており,それらををまとめたものを図2に示します.この両図を照らし合わせながら,トレーニングの年間の流れを捉えてください.




①準備期(11,12月)
 ・試合期でのトップコンディションの形成・獲得するための前提条件を整える.
 ・競技者の身体能力(筋力,持久力,敏捷性など)の全面的なレベル向上や,コントロールテストを行ない現状を把握する.
 ・運動の基礎的技能向上.持久力および筋持久力を含む量の増大を図り,専門準備期を行なうための土台を作る.
 ・サーキットトレーニングや球技を行ない,筋持久力養成と心肺機能向上を図る.

②一般準備期(1,2月)
 ・筋力アップと対乳酸性や持久系のトレーニングが主体.筋力アップは,マックスパワーの70~80%程度の重さを最大スピードで10回程度繰り返し,筋肥大を図る.
 ・この時期に十分な耐乳酸トレーニングが行なえていないと,専門準備期での高い強度でのトレーニングを消化できないため,スピードエンデュランスを意欲的に取り入れる.
 ・坂ダッシュやチューブ,スレッドを用いた負荷走で,インターバル的に体力要素を高めるだけでなく,反復によって動作を意識する.

③専門準備期(3,4月)
 ・スプリントの技術走を行い,個々のスプリントを形成する.
 ・トレーニング量の増加ではなく,強度の増加に起因して負荷を変動する.
 ・筋力,筋出力が高まった状態で,スプリントの技術を確認する.
 ・より専門種目に特化したトレーニングを行なう.(スタート練習,90%程度でのスプリントなど)
 ・ウエイトトレーニングは,最大重量の挙上と平行し,最大の50〜60%程度の重量を,最大スピードで10〜15回程度行ない,肥大した筋を実戦で使える状態に整える.

④試合期(5月以降,自己の目標となる試合に合わせる)
 ・形成されたコンディションの維持,記録向上のためにスプリントの方向性を一つに集約する.
 ・試合で走れる状態を維持しながら,基礎トレーニングおよび一般トレーニングを確保する.
 ・試合を通じて技術や戦術を磨き,洗練させていく.
 ・試合期が2ヶ月以上に及ぶ場合は中間期を作り,量的な増大を行なう.
 ・マックススピードを出す加速走(10〜20m助走付きダッシュ)や,150mウエーブ走(30〜50m単位でスピードの変化をつけて走る)を行なう.

⑤移行期(試合期終了〜準備期開始まで)
 ・試合期の緊張感の緩和する.
 ・移行期を省き,準備期にあてることも可能である.
 


スプリンターに必要なトレーニング
 安部ほか(1998)は,100m走は図3のようなスピード曲線からしばしば,1次加速期,2次加速期,速度維持期および減速期の4つの局面に分けられ,主要体力要素および身体的特徴が考えられると述べています.Giorgeos(2001)は,アップヒルランニングは,加速局面で重要である前傾姿勢を長い時間維持し,地面への力発揮方向を確認することができると述べています.また,ダウンヒルランニングは,平地での疾走と比較した時に,接地時間が短縮し姿勢が垂直位になる,股関節および膝関節が伸展位で着地し,下肢の屈曲伸展速度が増加するとの報告を受け,谷川(2006)は,高い速度でのダウンヒルランニングでは,速度維持区間の姿勢である垂直姿勢で,脚が後方に流れないようにする動作と接地の仕方の改善が期待され,速度維持期でのトレーニングとなることを示唆しています.このように,局面毎に求められる技術や体力を獲得するためのトレーニング方法があり,各局面の体力要素を個々に鍛えていく手段も有効ですが,他の局面で求められるトレーニングと組み合わせて行なっていくことが,より重要となってくると考えられます.谷川(2006)は,安部ほか(1998)での報告を踏まえ,スプリント走における走スピード変化と各局面の主要体力要素および身体的特徴を示し,各局面におきて重要となるであろうスプリントトレーニング方法を提言しました(図3).
 200m走に必要なトレーニングは未だ報告されていませんが,土江ほか(2002)の報告によれば,200mのパフォーマンスを決定する要因は最大疾走速度であり,レース後半の速度逓減でのピッチの低下を抑え,速度を保つことでパフォーマンスが向上することを示唆しています.これらから察するに,100m走で必要なトレーニングに合わせて,筋持久的なトレーニングを意欲的に行なう必要があると考えられます。



最後に
 これらのように,時期,種目の特徴,そして個人の課題に応じて求められるトレーニングが異なります.全てのトレーニングを満遍なく行なうことができればよいのでしょうが,トレーニング時間に限りのある学生アスリートには不可能です.また,オーバートレーニングも懸念され,トレーニングが逆効果に働くことも考えられます.したがって,トレーニングの周期・期分けを前提に置き,トレーニング手段のねらいをしっかり把握し,個人特性や練習パートナーとの競技力の差,性差など様々な要因を考慮しつつ,適切なポイントで的確なトレーニングをピンポイントにあてはめていく必要があります.試合期をトップコンディションで迎え,最高のパフォーマンスを行なうために,冬季トレーニングが始まる前に綿密な計画を練りましょう.




参考文献:
安部孝・深代千之(1998)ある仮説:スプリント走における各局面の主要体力要素の研究.バイオメカニクス研究,2:316−317.
Giorgeos,P.and Carlton,C.(2001)Kinematic and postural characteristics of sprint running on sloping surfaces.J of Sports Sciences,19:149-159.
谷川聡(2006)スプリント走&スプリント走ハードルパフォーマンスの向上のためのトレーニングの研究と実践.陸上競技学会誌(4):19-24.
谷川聡・渡邉信晃・遠藤俊典(2012)スプリント・ハードル競技者におけるトレーニングの期分け.スプリンと&ハードル陸上競技社:pp.28-32.
土江寛裕・中川博文・矢澤誠・佐々木秀幸(2002)200m競走における10mごとの疾走速度とピッチ,ストライド変化.陸上競技紀要,15:30-38.
山崎一彦(2008)ロングスプリントのトレーニング.日本トレーニング科学会編集スプリントトレーニング−速く走る・泳ぐ・滑るを科学する−.朝倉書店:東京,pp.104-114.

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