腸脛靱帯炎の誘因となる筋力および下肢動作的要因

MC1 黒阪 翔

Rikupediaをご覧の皆さま、こんにちは。MC1の黒阪翔です。

長距離走では本格的にロード・駅伝シーズンを迎え、長い距離を走るトレーニングやロードでのトレーニングの頻度が増えているのではないかと思います。前回(第30回)の私のコラムにおいて、トレーニング距離が多すぎることは長距離選手の障害の危険を高める重要な要因であると紹介したことからも、ロード・駅伝シーズンは特に障害に注意する必要があるシーズンであると言えます。今回のコラムでは、長距離選手がもっとも受傷しやすい部位である膝関節(第30回参照)の障害の中でも、発生頻度が高い腸脛靱帯炎について紹介します。なお、本文中の「腸脛靱帯」、「大腿四頭筋」、「中殿筋」の位置および腸脛靱帯炎の痛みが現れやすい部位については図1をご覧ください。

【腸脛靱帯炎は、膝関節外側の痛みを主な症状とするスポーツ障害です。膝関節屈伸時の膝関節外側の刺すような痛みが特徴で、走り始めにはあまり痛みが現れないものの、走行距離の増加とともに痛みが出現、増加します(福林,2008)。安静によって痛みは減少、もしくは治まりますが、ランニング再開によって再発する可能性が高いと言われています(古賀,2003)。ほかの症状としては、膝関節外側(大腿骨外側上顆上)の腸脛靱帯部分での圧痛(押すことで現れる痛み)、軽度の腫脹が挙げられます(福林,2008)。

腸脛靱帯炎の基本的なメカニズムは、膝関節の屈伸運動に伴って腸脛靱帯が大腿骨の外側上顆(膝関節外側の骨が突出している部分)との間で摩擦を引き起こし、大腿骨外側上顆付近で炎症が生じることです(福林,2008)。この摩擦は膝関節屈曲20~30度で生じ、その角度はランニングにおける踵の接地から足先の蹴り出しの間の膝関節の角度とほぼ同じであると報告されています(古賀,2003)。これがランニングなどによって繰り返されることで、腸脛靱帯炎になると考えられています。

腸脛靱帯炎の発生要因は、大きく外的要因と内的要因に分けられます。外的要因には、アスファルトなどの硬い路面、下り坂、傾いた路肩やカーブ、衝撃吸収能の悪いシューズ、走行距離が多いことなどが挙げられます(古賀,2003:福林,2008)。内的要因には、過度なX脚やO脚、膝関節の過度な回旋、外反偏平足、大腿骨外側上顆の強い突出、大腿四頭筋の緊張や腸脛靱帯そのものの肥厚や伸張性の低下、膝関節屈曲および伸展筋力が弱いことなどが挙げられます(福林,2008)。

ここからは、腸脛靱帯炎になったランナーの筋力的特徴、動作的特徴に焦点を絞って話を進めたいと思います。なお、今後本文に登場する股関節の「外転」、「内転」、「内旋」、膝関節の「内旋」については、図2をご参照ください。

Michael et al.(2000)は、腸脛靱帯炎になった長距離ランナー(腸脛靱帯炎群)と下肢障害の既往歴のない長距離ランナー(コントロール群)の股関節外転筋(主に中殿筋)の筋力について比較しました。腸脛靱帯炎群については、腸脛靱帯炎を受傷した方の下肢(患側)と受傷していない方の下肢(健側)との比較も行いました。その結果、腸脛靱帯炎群の股関節外転筋力の平均は、コントロール群の股関節外転筋力の平均より有意に低く、腸脛靱帯炎群の患側の股関節外転筋力は健側のものと比べても有意に低かったと報告されています(Michael et al.,2000)。これらのことから、腸脛靱帯炎を受傷したランナーの筋力の特徴として、患側の股関節外転筋力が弱いことがわかります。特に、股関節外転筋の一つである中殿筋は股関節外転の作用に加えて、外旋の作用もあります(トンプソン・フロイド,2011)。この中殿筋の筋力が弱い、すなわち股関節外転と外旋の筋力が弱いと、股関節の内転と内旋の力が相対的に強くなり、ランニングの接地中に股関節が内転および内旋しやすくなると考えられます(Michael et al.,2000)。これにより、腸脛靱帯の緊張が増加し大腿骨外側上顆との摩擦が生じやすくなると考察されています(Michael et al.,2000)。

一方で、Brian et al. (2007)は、腸脛靱帯炎を受傷した女子ランナーのバイオメカニクス的特徴(疾走動作の特徴)を検討しています。この研究の特徴は、受傷前の疾走動作を撮影しているため、実際に受傷したランナーの受傷前の疾走動作を分析できた点です。これにより、傷害の発生要因のうちの技術要因(ランニングフォーム)、すなわち腸脛靱帯炎の受傷のリスクを高める動作の特徴が明らかになると考えられます。分析の結果、腸脛靱帯炎を受傷したランナー群は、腸脛靱帯炎を受傷していないランナー群と比べて、疾走中の股関節内転角度と膝関節内旋角度が有意に大きかったと報告されています(Brian et al.,2007)。この結果から、腸脛靱帯炎は股関節内転と膝関節内旋が大きいことと関連していると考えられ、この複合的な動きが腸脛靱帯の緊張を増加させ、大腿骨外側顆に対して腸脛靱帯が押しつけられると考察されています(Brian et al.,2007)。

Michael et al.(2000)とBrian et al.(2007)の研究をまとめると、

・腸脛靱帯炎になったランナーは股関節外転筋(特に中殿筋)の筋力が弱く、それにより股関節が内転および内旋しやすくなる。

・腸脛靱帯炎になったランナーは、受傷前の下肢動作の特徴として、股関節内転と膝関節内旋の角度が大きい。 ということがうかがえます。ここに挙げた股関節内転と内旋、膝関節内旋がランニングの接地中に強く作用すると、腸脛靱帯が通常より伸ばされ、緊張が増加し、腸脛靱帯が大腿骨外側上顆で摩擦しやすくなると考えられます(Michael et al.,2000: Brian et al.,2007)。

 腸脛靱帯炎の要因は複合的であるため一概には言えませんが、腸脛靱帯炎のリハビリテーションとして中殿筋の筋力強化や、膝関節内旋を抑えるスパイラルテープ(福林,2008)によって症状が改善されると考えられます。また、実際に効果を検討した研究はありませんが、腸脛靱帯炎になっていなくても中殿筋の筋力を強化したり、ランニング時に股関節が内転と内旋および膝関節が内旋しすぎないように意識したり、場合によってはテーピング等で外旋を促したりすることで、予防につながるかもしれません。


図1.腸脛靱帯、大腿四頭筋、中殿筋の位置と腸脛靱帯炎の症状(痛み)が現れやすい部位
(Wedro and Shiel,2014をもとに作成)


図2.股関節と膝関節の動き(Michael et al.,2000をもとに作成)
参考文献:
Noehren,B., Davis,I. and Hamill,H. (2007) Prospective study of the biomechanical factors associated with iliotibial band syndrome. Clinical Biomechanics,22: 951-956.
福林 徹(2008)腸脛靱帯炎.河野一郎・福林徹監,公認アスレティックトレーナー専門テキスト 第3巻 スポーツ外傷・障害の基礎知識.光文堂:東京,pp.116-117.
古賀良生(2003)腸脛靱帯炎.日本臨床スポーツ医学会学術委員会編,ランニング障害.文光堂:東京,pp.106-109.
Fredericson,M., Cookingham,L.C., Chaudhari,M.A., Dowdell,C.B., NOestreicher,N. and Sahrmann,A.S. (2000) Hip Abductor Weakness in Distance Runners with Iliotibial Band Syndrome. Clinical Journal of Sport Medicine,10:169-175.
トンプソン・フロイド:中村千秋・竹内真希訳(2011)身体運動の機能解剖 改訂版.医道の日本社:神奈川,pp. 139.
Wedro,B. and Shiel Jr.,W.C. (2014) Iliotibial Band Syndrome(IT Band Syndrome). MedicineNet. http://www.medicinenet.com/iliotibial_band_syndrome/article.htm (accessed 2014-11-11).
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