男女スプリントハードルの技術の違いは?

MC2 上田美鈴

男子110mHと女子100mHは,「スプリントハードル」としてまとめられますが,見るからにハードルの高さも違うため,その技術は同じなのか,私は常々疑問を感じています.そこで今回は,男子110mHと女子100mHの違いについて考えてみようと思います.

まず男女のスプリントハードルでは,距離と高さが違います.男子はスタートから1台目が13.72m,インターバルが9.14m,高さが1.067mであるのに対し,女子はスタートから1台目が13m,インターバルが8.5m,高さが0.84mです.男女の形態や能力の差を考慮したとしても,男子は女子よりも約23cmも高いハードルを越えなくてはならないというのは,かなり大きな差があるように感じられます.

【重心の位置およびハードリング距離】

これまでの研究で,McDonaldら(1991)は,女子のハードル選手は,男子のハードル選手のクリアランス動作を見習う必要はないということを述べています.男子と女子では,身体重心高に対してのハードルの高さは異なるため,男子の方が女子よりも身体重心を引き上げる必要があります.McDonaldら(1991)は,ハードリング中の身体重心高の最大値は,男子で1.347m,女子で1.193mとなっており,女子の方が身体重心の引き上げが少なくなっていたことを報告しています.これは水平速度を保つためには有効であると考えられますが,ハードリング時の身体重心の軌跡の描く放物線が低くなるため,クリアランスの際に四肢を大きく動かすことができず着地動作が不十分となってしまう可能性が考えられます.そのため,無理にこの頂点を低くする必要はないと述べられています(McDonaldら,1991).また,ハードリング距離については,男子で3.62m(踏切側2.12m,着地側1.50m),女子で3.19m(踏切側2.09m,着地側1.10m)で,身体重心の最高点は,男子がハードルの0.03m手前とハードルのほぼ真上であるのに対し,女子はハードルの0.30mも手前と,男女で大きく異なる値を示しました(図参照).男子の身体重心の最高点については,森田ら(1994)は,世界選手権東京大会でのフォスター選手の,ハードルの0.22m手前が理想的であると述べていますが,谷川ら(2009)によると,世界選手権大阪大会においては,劉選手は0.05m,ペイン選手は0.02m,内藤選手は0.11mハードルの手前であったと報告しています.これらのことから男子の場合,ハードルが高いため,余裕を持ってリードを引き上げるための空間が必要となります(McDonaldら,1991)が,速度を低下させずにクリアできる技術があれば,ハードリングの踏切と着地に比率はそれほど問題ではない(谷川ら,2010)とされています.つまり,ハードリング技術が高くなれば,身体重心の最高点がハードルの真上に来ても問題ないということになります.女子については,谷川ら(2010)は,身体重心の最高点はペリー選手が0.40m,フェリシエン選手が0.12m,石野選手が0.16m,それぞれハードルの手前であったことを報告しています.女子の場合は,この身体重心高の最高点は大きな問題ではない(McDonald,1991)という報告もありますが,谷川ら(2010)は,ペリー選手は高い速度を維持するために遠くから踏み切っているのに対し,フェリシエン選手はその速度に対応出来ずに踏切が近くなってしまっているということを示唆しています.これらのことから,速度を維持するために,ハードルを越えてからすぐに着地する準備が行えるよう,遠くから踏み切れるようなハードリング動作を身につける必要があることが考えられます.また女子の場合は,ハードリング距離が短くなり滞空時間が短くなると,インターバルの3歩がオーバーストライド気味になってしまう可能性があることから,無理にハードリング距離を小さくする必要はない(McDonald,1991)とされています.

【インターバルラン】

また谷川ら(2010)によると,インターバルの距離(男子9.14m,女子8.5m)から,それぞれのハードリングに要した距離を引いてみたところ,その距離は男女とも5.30〜5.40mとなりました.つまり,走らなければならない距離は男女とも同じということになります.そのため,インターバルの走りをスプリント走と比較すると,男子はかなりピッチを高めた走りを強いられるのに対し,女子はスプリントに近い走りになると考えられます.そのため,従来言われてきた通り,女子のパフォーマンスにはスプリント能力が大きく影響するというのは,ハードルが低いというだけでなく,インターバルの距離も大きく関係していると考えられます.

【まとめ】

これらのことから考えると,男女とも,ハードリング距離そのものは問題ではないことと,スプリント能力が重要であることは共通しているようです.個別に見ると,男子の場合はハードリング技術が高くなれば重心の最高点がハードルの真上に来ても問題なく,女子の場合はより遠くから踏み切れる方が理想的であること,そしてインターバルランについては,女子はスプリント時の動作がそのまま影響しやすいのに対し,男子はスプリントとは異なる,ハードルのためのよりピッチを高めた走り方が必要となる可能性があることが考えられます.


図:ハードリングにおける重心の軌跡(McDonald(1991)を参考に作成)
参考文献:
Mcdonald,C. and Dapena,J.(1991)Linear kinematics of the men’s 110-m and women’s 100-m hurdles races.Medicine and science in sports exercise,23(12):1382−1391.
森田正利・伊藤章・沼澤秀雄・小木曽一之・安井年文(1994) スプリントハードル(110mH・100mH)および男女400mHレース分析.世界一流競技者の分析,ベースボールマガジン社,66-92.
谷川聡・柴山一仁(2010) 2007年世界陸上競技選手権大会大阪大会における男子110mハードル走および女子100mハードル走レースの動作分析.第11回世界陸上競技選手権大阪大会日本陸上競技連盟バイオメカニクス研究班報告書 世界一流競技者のパフォーマンスと技術.日本陸上競技連盟:東京,86-95.
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