傾斜スパイク(走高跳)

MC2 衛藤 昂

走高跳のスパイクには“傾斜”がついていることをご存知でしょうか。ドキッとする高跳び選手もいるかも知れません。走高跳は踏切脚によってスパイクが変わります。左踏切用の場合,踵側から見て右側が高く,右踏切用の場合,左側が高くなっています(図1参照)。

この傾斜は,ウエスタンロールやベリーロールの時代からついていた訳ではありません。この傾斜は背面跳の技術をより引き出すため,また傷害予防のためにつけられました。

(1) 踏切と足部変形

背面跳の特徴の1つに曲線助走が挙げられます。詳細は前回コラム(第10回)に掲載したため今回は割愛いたします。前回はメリットだけに触れましたが,曲線助走には「怪我の危険性が高まる」というデメリットも存在します。なぜ,曲線になると危険なのか。それは,人間の足関節は横の動きに対して強く作られていないからです(Callaghan,1997)。直線の場合,助走の水平速度は足部の長軸方向のみに作用し,曲線の場合は内方向にも作用します(図2)。長軸方向は,足関節を底背屈することで力を逃がせます。しかし,内方向への力は逃がすことができず,また足関節が苦手とする横の動きになります。その結果,三角靭帯や長拇趾屈筋,後脛骨筋腱などを痛めてしまいます。この足部変形を調査した研究があります。

Gheluweら(2003)は,踏切時の足には体重の7から8倍も負荷が加わること,距骨下軸(図3)が水平軸に対し30°傾くことを明らかにしました。このような関節負荷は,正常な可動域を超え,亜脱臼する可能性があると述べています。

(2) 傾斜スパイク

Muraki(1983)は,傷害のリスクを軽減すること,また理想的な曲線助走・踏切動作を獲得することを目的に,スパイクの傾斜に関する研究を行いました。4種類のスパイク(R-model:短距離スパイク,F-model:フラットソールの走高跳スパイク,T-model:ソールに4mmの傾斜がある走高跳スパイク,Tx-model:ソールに10mmの傾斜がある走高跳スパイク)を準備し,3名の被験者(自己記録はそれぞれ2m25,2m10,2m05)を対象に足部変形の3次元分析を行いました。その結果,踵にスパイクピンのないR-modelが最も大きな変形を示し,ソールに傾きを持たせたT-model及びTx-modelが,小さな変形を示すことを明らかにしました。この傾向は,すべての被験者で一致したため,ソールに傾斜を持たせることが,踏切局面において発生する回内や外転のような足部変形を減少させるために働いたと考察しています。

それならば,傾斜をつけられるだけつけた方が良いのではと思われますが,日本陸上競技連盟競技規則,第143条-5に「走高跳と走幅跳における靴底の厚さは13mm以内,走高跳の踵は19 mm以内でなければならない。」という規則があります。一方,それ以外の種目では「靴底と踵はどのような厚さでもさしつかえない。」と書かれています。

今回は,スパイクにまつわる研究を紹介しました。本テーマは私の研究フィールドでもあります。傷害予防またパフォーマンス向上を実現する走高跳スパイクの構造,踏切技術について調査しております。「より安全に,より良い記録を出す」ための知見をいち早く世に出せるよう精進して参ります。ハイジャンパーの皆さんご期待ください!


図1.スパイクの傾斜

図2.直線助走と曲線助走

図3.距骨下軸
参考文献:
Callaghn,M.J. (1997) Role of ankle taping and bracing in the athlete. British journal of sports medicine., 3: 102-108.
Gheluwe,B.V., Roosen,P., and Desloovere,K. (2003) Rearfoot kinematics during initial takeoff of elite high jumpers: Estimation of spatial position and orientation of subtalar axis. Journal of applied biomechanics., 19 :13-27.
Muraki,Y. (1983) A three-dimensional cinematographical analysis of foot deformations during the takeoff phase of the Fosbury flop. Matsui and Kobayashi (Eds.) Biomechanics,Ⅷ-B: pp.762-770.
日本陸上競技連盟(2013)陸上競技ルールブック2013年度版,ベースボールマガジン:東京,p135.
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