円盤投動作中の角運動量の獲得について

MC1 前田 奎

前回のコラムで,円盤投のパフォーマンスに角運動量が大きな影響を与えるということについて少し触れましたが,今回はその角運動量の獲得について紹介したいと思います.

「そもそも角運動量とは何なのか?」

と,思う人も多いのではないでしょうか

あまり聞き慣れない言葉だと思いますが,角運動量は“回転運動の勢い”を表していると言えます.角運動量に関する式については,前回のコラムをご覧下さい.

今回のコラムでは,Dapena(1993)の定義する角運動量の方向(図1~3)を用いて説明します.円盤投の角運動量に関する研究の多くがDapena(1993)の定義する方向を用いています.

Dapena(1993)は,円盤+投てき者系(以下システム)の鉛直軸回りの角運動量は,リリース時の円盤の水平速度の93%,前後軸回りの角運動量は,鉛直速度の88%に貢献していると報告しています.このことは投てき動作中に生み出された角運動量が,円盤の初速度の大部分の獲得に貢献していることを表しています.

ここからは局面別に角運動量の獲得についてみていきます.今回もDapena(1993)の定義する局面分けを用います.局面分けについては,前回のコラムを参照して下さい.

円盤投動作中の角運動量の変動について,Dapena(1993)と宮西ほか(1998)が異なる角運動量の変化パターンについて報告しています.

Dapena(1993)は,鉛直軸回りの正の角運動量は第一両脚支持局面から第一片脚支持局面の間に獲得され,それ以降の局面ではほとんど増加せず,前後軸回りの負の角運動量は第二片脚支持局面後半から投げ局面前半に急激に増加し,それ以降は減少していくと述べています.

“第一両脚支持局面から第一片脚支持局面の間に,鉛直軸回りの正の角運動量を獲得する”ということですが,“なんのこっちゃ?”と思う人も多いのではないでしょうか.ここからは私の個人的な考えになってしまいますが(以下右利きの競技者を想定),第一両脚支持局面から第一片脚支持局面の間に,テイクバックから円盤を振り戻すという動作や,左腕のリード,右脚を大きく振り込むといった動作などによって,鉛直軸回りの正の角運動量を獲得しているのではないかと考えられます.

“前後軸回りの負の角運動量は第二片脚支持局面後半から投げ局面前半に急激に増加し…”ということについても,体幹部の左への屈曲,左腕のリードおよびブロック,右脚の伸展などの動作によって,前後軸回りの負の角運動量を獲得していると考えられます.

本題に戻ります.

先述のDapena(1993)の見解に対して,宮西ほか(1998)は,システムの鉛直軸回りの正の角運動量が第二片脚支持局面後半から投げ局面にかけて増大した事例(図4),およびシステムの前後軸回りの負の角運動量が投げ局面後半においても増大した事例(図5)を報告しています.

また宮西ほか(1998)は,第二片脚支持局面から投げ局面において,システムの角運動量の変動には2つのパターン(「高速型」と「低速型」)があるという仮説を立てています(図6).

 

「高速型」は,前後軸および左右軸回りの負の角運動量が減少するとともに鉛直軸回りの正の角運動量が増大し,地面から支持脚(右利きの場合右脚)へなされる水平前方への地面反力が大きく,それにより円盤の水平速度を大きく獲得しているとされています(宮西ほか,1998).さらに「高速型」は,第二両足支持局面から投げ局面にかけて身体が後傾したまま,投てき方向へと傾倒させることで円盤の速度を増加させているとも報告されています(宮西,1997,1998).

一方「低速型」は,鉛直軸回りの正の角運動量が減少(あるいは一定),前後軸および左右軸回りの負の角運動量が増大し,地面から支持脚へなされる鉛直上方への地面反力が大きく,それにより円盤の鉛直速度を大きく獲得しているとされています(宮西ほか,1998).加えて「低速型」は身体が後傾した状態から投てき方向に回転することで円盤の速度を増加させているとも報告されています(宮西ほか,1997,1998).

“左右軸回りの負の角運動量の増減”には,右から左への体重移動や体幹部の屈曲・伸展の動作などが関わっているのではないかと考えられます.

宮西ほか(1997,1998)の報告した2つのパターンについて簡単にまとめると,「高速型」は鉛直軸回りの回転により円盤の水平速度を,「低速型」は前後および左右軸回りの回転により円盤の鉛直速度をそれぞれ高めているということになります.

上述のように,Dapena(1993)と宮西ほか(1997,1998)の見解は完全には一致していません.しかしながら,両者の見解に共通していることは,“主に両脚支持の局面”で角運動量を獲得しているということです.両足が接地していない空中局面で,システムの角運動量を獲得できないということは,角運動量保存の法則からも明らかです.

Dapena(1993)は,投てき動作の前半局面である第一両脚支持局面〜第一片脚支持局面にかけての重要性を指摘し,宮西ほか(1997,1998)はそれに加えて第二片脚支持局面後半〜投げ局面の重要性も示唆しています.円盤投の指導現場において,“両足が地面に接地している間にしか円盤に力を加えることはできないため,動作の最初と最後が重要である”という意見を,私自身耳にしたことがあります.Dapena(1993)や宮西ほか(1997;1998)の報告からも,動作の前半の局面である第一両脚支持局面と第一片脚支持局面,そして後半の局面である第二片脚支持局面と投げ局面が重要であることがわかります.

今回は円盤投動作中の角運動量の獲得について紹介しました.円盤投は限られた空間の中で,一連の複雑で高速の動作を競技者に要求する技術的に難しい種目です(Hay and Yu,1995).動作の複雑さゆえに研究対象としてはなかなか取っ付きにくい円盤投ですが,日本の円盤投のレベルを向上させるためにも,私たち筑波大学陸上競技研究室が円盤投の研究を引っ張っていかなければならないと強く感じています.


図1.鉛直軸周りの角運動量の方向(矢印の方向が正)

図2.前後軸周りの角運動量の方向(矢印の方向が正)

図3.左右軸周りの角運動量の方向(矢印の方向が正)

図4.投げ局面に鉛直軸周りの正の角運動量が増大した事例
宮西(1998)をもとに作成

図5.投げ局面に前後軸周りの負の角運動量が増大した事例
宮西(1998)をもとに作成

図6.「高速型」と「低速型」
宮西ほか(1998)をもとに作成
参考文献:
Dapena J.(1993)New Insights on Discus Throwing.Track Technique,125:3977-3983.
Hay J.G.and Bing Yu(1995)Critical Characteristics of Technique in Throwing the Discus.Journal of Sports Science,13:125-140.
宮西智久・冨樫時子・川村卓・桜井伸二・若山章信・岡本敦・只左一也(1997)アジア大会における円盤投げのバイオメカニクス的分析.アジア一流陸上競技者の技術—第12回広島アジア大会陸上競技バイオメカニクス研究班報告—.日本陸上競技連盟科学委員会バイオメカニクス研究班編,佐々木秀幸,小林寛道,阿江通良監修:pp.168-181.創文企画,東京.
宮西智久・桜井伸二・若山章信・富樫時子・川村卓(1998)アジア一流競技者における円盤投の角運動量の3次元解析.Jpn J Biomech Sports Exerc,2(1):10-18.
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