今回コラムを担当します,大学院2年高橋亜弓です.私は,高校の3年間砲丸投を専門としていましたが,筑波大学入学を期に円盤投に転向し,今も競技を続けております.
大学入学から約5年半を迎えようとしておりますが,その間自己ベストは43m33mから54m27mと約11m伸びました.54m27といわれても,女子円盤の記録が何m位で“すごい”のかということは,投てきを専門にしている方以外はイメージできないと思います.そこで今回は,女子円盤投を少しでも知ってもらうきっかけとして,一番わかりやすい“記録”について書かせていただこうと思います.
女子の円盤投はあまりテレビで取り上げられる種目ではないので,いつ試合が行われていたか分からない人もいると思いますが,今一番タイムリーで分かりやすい“すごい記録”として,8月11日に行われた世界陸上の記録から見てみましょう.今回優勝したサンドラ・ペルコビッチ選手(クロアチア)の記録は67m99でした.2位のメリナ・ロベール−ミション選手(フランス)は66m28,3位に入ったヤレリス・バリオス選手(キューバ)は64m96と近年の主要国際大会とおおよそ同じ程度の記録でした.日本記録は58m62ですので,単純に10mの差があり,今回の世界陸上の記録は間違いなく“すごい記録”といえます.
世界規模でみた女子円盤投の“すごい”の基準を作るとしたら,オリンピック及び世界陸上の出場資格を得ることができるB標準59m50でしょうか.つまり,60m台の選手は間違いなく“すごい選手”だと考えられます.
では,女子円盤投の最も“すごい記録”である世界記録は何mだと思いますか?
答は1988年にガブリエレ・ラインシュ選手(東ドイツ)が出した76m80です.つまり,近年の主要国際大会の結果は世界記録から8m以上離れていることになります.この76m80という記録は,陸上競技で唯一男子よりも高い世界記録でもあります.加えて,歴代10傑全ての順位どうしを比較しても男子よりも高いという特徴があります.この記録が樹立する前に米村(1970)によって書かれた文献には,「男子が女子よりも成績において優れているということは疑いもない事実」と記されており,その原因として「体重に対する筋力の割合の差」などが挙げられています.この文献でも,投てき競技については投てき物の大きさや重さの違いがあるため,今後の課題としていますが,同じように投擲物の重さが異なる槍投,ハンマー投,砲丸投においては,男子の方が記録が高くなっています.女子が男子の記録を上回る要因は,この円盤の1kgの重さの差だけではないのかもしれません.
ここで,下に示した表の樹立された年代を見てください.女子円盤投歴代10傑の記録は,全て1980年代に出されたものです.1990年以降で70mを超えた記録は,1999年にナタリア・サドワ選手(ロシア)が70m02,2012年にダリア・ピシチャルニコワ選手(ロシア)が70m69をマークしていますが,どちらもドーピング違反で2年間の出場停止になっています.歴代記録が続出した80年代という時代と,その選手を輩出している国を考えると….
つまりこの25年間,女子の円盤投において70mにすら到達していないのが世界の記録の現状といえます.
次に日本の記録の“すごい”について触れたいと思います.
前述したように日本で一番すごい記録は2007年に室伏由佳選手が出した日本記録の58m62です.男子とは異なり,女子円盤の重さは各年代共通で1kgですので,中学・高校・大学(学生)の記録についても比較対象として述べていきます.
まず,中学記録についてです.中学記録は2008年に中田恵莉子選手が出した42m50です.本来,円盤投という種目は高校から取り入れられる競技で,中学では正式な種目ではありませんが,ジュニアオリンピックでのみ中学女子共通円盤投として競技が行われています.高校記録についても中学記録同様,2011年に中田恵莉子選手が50m61を記録しています.50m61という記録は,近年の傾向からすると日本選手権でも上位に入賞できるレベルにあります.円盤の重さは共通ですので,社会人・大学生と互角に戦える高校生だということになります.学生(大学)記録については,日本記録を持っている室伏由佳選手が1998年に54m90を記録し,学生・ジュニアのタイトルを数多く獲得しています.卒業後1ヶ月程度で56m84という当時の日本記録を樹立しており,「学生で日本記録樹立」というのも夢ではなかったのだと思います.
何度も述べてきましたが,女子円盤投は共通して1kgの円盤を使用します.中学・高校・大学・社会人と記録が高くなっていくことから,技術や経験に大きく影響を受ける種目なのかもしれませんね.
女子円盤投の記録における“すごい”について,少しでもわかっていただけたでしょうか.今回の内容は,投てきを専門にしている方には物足りない内容でしたね.投てき以外の方々に「ちょっと見てみようかな.」と身近に思っていただけたら幸いです.日本にある沢山のスポーツの中で円盤投を選ぶ選手は非常に少ないと思います.特に女の子で円盤投を専門に続けていきたいという人は一握りでしょう.上述してきた“すごい記録”を基準に,マニアックな種目を選んで頑張っている円盤投選手を応援して頂けたらと思います.