円盤投の投てき距離はどうやって決まる?(1)

MC2 小野 真弘

陸上競技研究室コラムをご覧の皆様初めまして.
 今回,コラムを担当致しますMC2 小野真弘です.私の専門種目は円盤投で,現在も競技を続けながら日々勉強に励んでおります.
 本コラムでは,今までの研究活動や競技を続けてきた経験を踏まえ,少しでも円盤投に興味を持ってい頂ける内容を執筆していく所存ですのでどうぞよろしくお願いします!実は,陸上競技研究室には私を含め現在3名のDiscus Throwerが在籍しています.コラムもそれぞれが担当するため円盤ネタが多くなるかもしれませんが,毎回楽しみにしておいてくださいね!

前置きはこれくらいにして...
 初回のテーマは「円盤投の投てき距離はどうやって決まる?(1)」です.投てき競技は,言うまでもなく投てき物をどれだけ遠くへ投げたかを競う競技です.つまり,日々,投てき競技者が行っているトレーニングでは,より遠くへ物を投げるために体力を向上させ技術を磨いているわけです.今回は,投てき競技の中でも,私の専門である円盤投を例にして投てき距離の決定要因について解説していきます.紙面の都合上,今回だけで全ての要因について解説することができないため,シリーズ(1)と(2)に分け,(1)の今回は1.投射速度,2.投射角度,3.投射高に焦点を当て解説していきます.

円盤投の投てき距離決定要因に関する研究では,距離は以下の5要因で決まると報告されています(Hay,1985).

  1. 速度(m/s)・・・投げ出すときに円盤が持っている速度
  2. 投射角度(deg)・・・投げ出すときの円盤の速度ベクトルと水平面の成す角度
  3. 投射高(m)・・・投げ出すときの地面から円盤までの垂直距離
  4. 円盤の角速度(deg/s)・・・1秒間の円盤の回転角度〔角速度(ω)=回転角度(deg)/時間(s)〕
  5. 空気抵抗・・・飛行中の円盤が受ける空気力学的な要因
                                                   

(図1参照)

投射速度は円盤に作用する力の大きさと力が作用した距離によって決定し,投てき距離を決める最も重要な要因です.物理学的には,空気抵抗を無視し,投射角を同じにした場合,物体の飛距離は初速度の2乗に比例するとされています.円盤投に関する研究の中でも,他の要因に比べ,投射速度と実際に記録した投てき距離との間に高い相関関係があり,投射速度が速ければ速いほど投てき距離が伸びるとことが報告されています(Hay,1985;田内ら,2007;Badura,2010).このことからも,投射速度は円盤投においても投てき距離を伸ばす最も重要な要因であることは間違いありません.
 では,実際に円盤はどれほどの速度で投げ出されているのでしょうか.2006年日本選手権の男子円盤投選手を対象とした研究では(田内ら,2007),上位3名の平均投射速度が22.3m/s,平均投てき記録が53.87mであったと報告されています.一方,2009年のベルリン世界陸上に入賞した男子円盤投選手を対象とした研究では(Badura,2010),上位8名の平均投射速度は24.5m/s,平均投てき記録は66.41mと報告されています.投射速度 22.3m/s,24.5m/sを時速にするとそれぞれ,80.3km/h,88.2km/hにもなります.一流選手は,重さ2.0kgにもなる円盤を凄まじい勢いで投げ出していることが分かりますね.

投射角度は力が作用した方向によって決定し,投射速度の次に距離を決定する重要な要因です.物理学的には,真空中の物体の放物運動はその形状に関わらず投射角が45度になる時その水平距離が最大になりますが,円盤投をはじめとする投てき競技ではその限りではありません.Hey(1985)は,投てき4種目の最適投射角度について,砲丸投では45度より若干低い程度,円盤投では35〜40度程度,やり投では30〜40度程度,ハンマー投では38〜44度程度は述べており,それぞれの種目で最適な投射角度が異なることが分かります.これは,投てき物の形状によって受ける空気抵抗が異なることや,投てき方法の違いによる最適な力発揮の仕方が異なることに起因すると考えられます.さらに,円盤は,飛行中に空気抵抗による影響を大きく受けるため風の方向によっても投射角度を微調整しなければなりません.

投射高は,円盤を投げ出す瞬間の投てき者の姿勢によって決定します.山本(2010)は, 2007年大阪世界陸上の決勝に進出した男子円盤投選手の平均投射高は1.89m,身長比が95%(平均身長1.99m)であるのに対し,日本一流選手の選手の投射高は1.66m,身長比が90.7%(平均身長1.83m)であり,世界トップレベルの選手の方が0.23m,5%程度高い値であったと報告しています.このことからも身長が高い競技者ほど投射高は高くなる傾向があることが分かります.理論的には同じ速度,角度で投げ出した場合,投射高が10cm高くなると投てき距離が10cm伸びるとされています.しかし,円盤投において速度や角度,円盤が受ける空気抵抗に比べると投てき距離に及ぼす影響は相対的に小さいため,投てき距離を伸ばす上でそれほど重要な要因ではありません.さらに,もし単純に投射高のみを上げようとすると,動きに無理が生じ最適な力発揮ができず,一番重要な要因である投射速度を低下させてしまう可能性があるため,投射高については個人の最適な力発揮ができる高さで投げ出すのが望ましいと言えます.

さて,今回のコラムでは投てき距離の決定要因について,円盤投の研究を例に,投射速度,投射角度,投射高について解説してきました.投射速度については速ければ速いほど良く,円盤を含む投てき競技では投てき距離を伸ばす一番重要な要因となります.投射角度,投射高については最適な水準で投げ出すことが重要であると言えます.
 投てき競技全般に言えることですが,どういう理屈で遠くへ飛ぶのかを理解することは,トレーニング計画や技術を考える上でとても重要なことだと思います.次回は,4.円盤投の角速度と5.空気抵抗について解説していきます.では,是非,次回も期待ください!

参考文献:
Hay,J.G(1985)The Biomechanics of Sports Techniques 4th edition:Benjamin ,pp481-494.
Marko Badura(2010)Biomechanical Analysis of the Discus at the 2009 IAAF World Championships in Athletics.New Studies in Athletics 25:23-35.
前田正人(1995)円盤投における投射初期条件.スポーツ方法学研究 8(1):29-38.
田内健二,持田尚,村上雅俊,阿江通良(2007)日本一流男子円盤投げ選手の技術分析−円盤速度に対する身体各部位の貢献について−.陸上競技研究紀要 3: 127-131.
山本大輔,伊藤章,田内健二,村上雅俊,淵本隆文,田邉智,遠藤俊典,竹迫寿,五味宏生(2010)円盤投のキネマティクス的分析.世界一流陸上競技者のパフォーマンスと技術 : 第11回世界陸上競技選手権大阪大会 : 日本陸上競技連盟バイオメカニクス研究班報告書:189-200.
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