円盤投の歴史と記録の変遷

MC1 前田 奎

今回のコラムは,博士前期課程1年 円盤投専門の前田奎が担当致します.筑波大学大学院の陸上競技研究室には,私を含め3人が円盤投を専門に競技・研究を行っています.

今回は初回ということなので,円盤投の歴史や現在に至るまでの記録の変遷を中心に紹介していこうと思います.

そもそも円盤投とは,規定の重量の円盤を2.5mのサークルから34.92°の角度のライン内に向かって投げ,投擲距離を競う種目です.また円盤投の起源と思われる描写がホメロスの「イリアス」の中に見られ,やり投と同じく古代オリンピックから存在する種目であったとされています.

古代オリンピックで行われていた円盤投の投法は,現代用いられている投法とは,かなり異なるものだったと言われています.それでは,古代オリンピックではどのような投法が用いられていたのでしょうか?それは,“バルビス”という方形の台座の上から腕の振りだけで投げるという方法だったと言われています.「バルビスは狭くて一人分の余地しかなく,後方を残して仕切られており,バルビスに右脚の体重を乗せ,からだの前部は前傾させ,それによってもう一方の足から体重が抜けるのでその足は前方に振られ,それに付随して右手も振り切られることになる」,「円盤投者は頭を右に曲げ,自分の右側を一瞬見るような姿勢で身をかがめ,ロープ回しをするような振り方で投げ,自分の右側のすべての力を投力に転換して円盤を投げる」などという記述も見られますが,これはおそらくミュロンの作った“ディスコボロス”の像の様子に基づいて書いたのではないかと言われています. 現在多く用いられている投法は,1936年のベルリンオリンピックで優勝したカーペンター(アメリカ)が披露したものがベースとなっており,投擲方向に背を向けた状態から(右利きの場合)左脚を軸に回転を始めるものです.

それでは次に記録の変遷について述べていきます.前述のターン動作が現れた頃,つまり1936年ベルリンオリンピックにおける優勝記録は,カーペンター(アメリカ)の50.48mでした.そして1950年代以降,ウエイトトレーニングが世界的に普及し,円盤投競技者自身の体力が向上したことにより,スピードのあるターンが生まれ,円盤投の記録は60mを越えるかどうか,というような時代に入っていきました.この時代の円盤投を引っ張った選手がアル・オーター(アメリカ)であり,1956年のメルボルンオリンピックから1968年のメキシコシティオリンピックにかけて4連覇という偉業を成し遂げました(メルボルン:56.36m;ローマ:59.18m;東京:61.00m;メキシコシティ:64.78m).以後,1976年にマック・ウィルキンス(アメリカ)が70m台に到達した後,1986年にユルゲン・シュルト(旧東ドイツ)が74.08mの世界記録を樹立しました.2013年現在の世界記録は,いまだにユルゲン・シュルトの74.08mのままであり,2000年にウィルギリウス・アレクナ(リトアニア)が73.88m(世界歴代2位),2006年にゲルド・カンテル(エストニア)が73.38m(世界歴代3位)という記録を出しているものの,シュルトの世界記録はしばらく破られないのではないかと考えられていました.しかしながら2012年にロバート・ハルティング(ドイツ)が70.66m,2013年にピョートル・マラチョフスキ(ポーランド)が71.84m(世界歴代5位)という記録を出しており,少しずつではありますが,男子の円盤投が再び世界記録に近づいているのではないかというような印象を受けます.

また先日まで行われていたモスクワ世界選手権では,ロバート・ハルティング(ドイツ)が69.11mで見事3連覇を成し遂げました.今季世界歴代5位の71.84mを記録しているピョートル・マラチョフスキ(ポーランド)がハルティングの連覇を止めるのでは,と思われましたが,やはりハルティングは強かったですね.ハルティングといえば,優勝後にユニフォームを自ら引き裂くというパフォーマンスが有名ですが,やはり今回も引き裂いていましたね.次回の世界大会は2年後ですが,またしてもハルティングがユニフォームを引き裂くことになるのか,それとも誰かがハルティングを食い止めるのか,私としては非常に楽しみです.

さて,話が少し脱線しましたが,日本の状況に目を向けてみましょう.2013年現在の日本記録は1979年に川崎清貴氏が樹立した60.22mであり,陸上競技における最古の日本記録になっています.1979年以降の日本記録に近づいた記録としては,1986年に山崎祐司氏が記録した58.08m,2007年に畑山茂雄氏が60.10m,そして2013年堤雄司氏が58.84mなどが挙げられます.トップ選手だけを見ると,近年の円盤投の記録は停滞傾向が見られますが,日本選手権や日本インカレにおける円盤投の競技レベルは少しずつ上がってきています.しかしながら世界との壁は厚く(2013年のモスクワ世界選手権の標準記録はA標準:66.00m,B標準:64.00m),自国開催の2007年大阪世界選手権以降は代表を1人も出せていないという状況にあります.今後,日本の円盤投の競技レベルをさらに向上させ,1人でも多く世界と戦える選手を増やしていくためにも,私たちが現場に役立つ研究を進めていかなければならないと強く感じています.

今回は円盤投の歴史や記録の変遷を中心に見ていきましたが,どうだったでしょうか?日本における円盤投の研究はそれほど多くなく,さらに研究を深めていく必要のある種目だと思っています.私はまだまだ勉強不足ですが,少しでも円盤投に興味を持っていただけるようなコラムを目指していきますので,今後ともよろしくお願いいたします.

参考文献:
岡本惠市(1990)陸上競技のルーツを探る.文理閣:京都
ロベルト・L・ケルチェターニ(1992)近代陸上競技の歴史 1860-1991 誕生から現代まで[男女別].財団法人日本陸上競技連盟 監修.ベースボール・マガジン社:東京
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