陸上競技研究室院生コラムをご覧の皆さん,こんにちは.
はじめまして.今回コラムを担当させて頂きます,博士課程1年次の山元です.
まだまだ勉強中の身ではありますが,わずかでも皆さんのトレーニングやコーチング,さらには研究のヒントになることを願いながら執筆して参る所存ですので,お付き合い頂ければと思います.
ところで,このコラムのタイトル,『RIKUPEDIA 陸上競技の理論と実際』,いかがでしょうか? これは,博士前期課程1年の衛藤くんの原案をもとに,研究室内での激論の末,民主的かつ「まあ,正直タイトルなんてどうでもええけどな・・・」 という投げやりな思いによる投票によって決定されたものです.そして,なんというか,まあ・・・
タイトルのことはさておき,私は,「レース分析をもとにした400m走のコーチング」をテーマとして研究活動を行っています. そこで,このコラムでは, 400m走に関する様々な研究成果を紹介していきたいと思います.現在のところ,以下のような内容を考えています.
● 400m走のペース配分(レースパターン)について
● 400m走の疾走動作・技術について
● 400m走に関係する体力的要因について
● 400m走のトレーニングについて などなど・・・
上記のような内容を中心に,また,読者の皆様からご要望があればそれにお答えしつつ,皆さんと一緒に400m走の『理論と実際』について考えていければ思いますが,今回は初回ということで, 第1回で木越先生から筑波大学陸上競技研究室の歴史についてご紹介して頂いたように,私も400m走の歴史について,記録の変遷などを中心に少し紹介したいと思います.
まず,400m走に類似した競技として,古くは古代ギリシャで「ディアウロス (diaulos) 」という,スタディオンの2倍の距離を走るレースが行われており,オリンピアでは約384mの競走であったとされています. したがって,距離の観点からは古代ギリシャに由来する競技と考えることができるわけですが,現行の競技場を1周するレースの起源は,英国で行われていた1/4マイル競走(440ヤード,402.34m)であると考えられています(ロベルト,1992). また,400m走の国際陸上競技連盟に公認されている最古の世界記録は,1900年にMaxwell Long選手(米国)によって樹立された47秒4/5(当時の計時は1/5秒刻み)です. なお,オリンピックでは1896年の第1回アテネ大会から実施されているものの,当初は競技場の規格が様々で,コーナーの曲率(きつさ)によって記録が大きく異なることがあったようです. 20世紀初頭までは中距離種目としての認識が一般的でしたが,1924年のパリオリンピックにおいて,映画『炎のランナー』(原題: Chariots of Fire.1981年公開,Hugh Hudson監督)で有名な, 100m・200m走を専門としていたスコットランドのEric Liddell選手が47.6秒のオリンピック新記録で優勝した頃から短距離走としての認識が強くなり, それに伴ってペース配分やトレーニング方法もより短距離的なものへと変化していったと言われています(ジョーダン・スペンサー,1970;岡尾,1990;Schiffer, 2008). その後,1960年のローマオリンピックにおいてOtis Davis選手(米国)が44秒台(44.9秒.ただし,電気計時では45.07秒)を,1968年のメキシコオリンピックにおいてLee Evans選手(米国)が43秒台(43.86秒)をそれぞれ初めて記録しました. そして,2013年現在の世界記録は,1999年にセビリア世界選手権においてMichael Johnson選手(米国)が樹立した43.18秒です. また,2011年の大邱世界選手権,2012年のロンドンオリンピックでは,1992年生まれ,19歳のKirani James選手(グラナダ)が優勝を果たしており,世界では近年若返りが進んでいるという印象です. James選手は,世界ユース選手権(07年2位,09年1位),世界ジュニア選手権(08年2位,10年1位),そして世界選手権およびオリンピックの全てで金メダルを獲得しており,まさに現代最強の400m走選手といえ,今後の更なる活躍が期待されています.
また,日本の状況に目を向けると,2013年現在の400m走の日本記録は,1991年に,前日本陸連強化委員長の高野進氏(東海大クラブ,現東海大教)が樹立した44.78秒です. 高野氏は,10年間にわたり12回日本記録を更新していますが,1982年に初めて出した日本記録は46.51秒であり,その前の日本記録は46.64秒(名取英二選手,当時筑波大)でした. したがって,1人で実に1.86秒も日本記録を更新したことになります.そして,高野氏は,1991年東京世界選手権,1992年バルセロナオリンピックにおいて,日本人として唯一の決勝進出を果たしています. 高野氏の偉大さは疑いの余地のないものですが,このことは,一般には短距離走に不利と考えられている日本人選手の,400m走における可能性を示唆するものと言えるかもしれません. ところで,図は,1993年から2012年まで20年間の日本10傑平均記録の推移を示したものです. このように,10傑平均記録は2003年度をピークに一度大きく低下し,わずかに回復した後,近年は停滞傾向が見られ,15年前とほぼ同水準にあります. ちなみに,2013年6月までの日本10傑平均記録は46.09秒であり,上位4選手(金丸祐三選手,中野弘幸選手,渡邉和也選手,石塚祐輔選手)が45秒台を記録しており,これは,メダル獲得に0.09秒まで迫ったアテネオリンピック前後以来の高いレベルといえそうです. 今後,日本人選手の更なる活躍を期待したいです.そのためにも,我々も実践に役立つ研究を日々進めていかなければならないと思う次第です.
さて,今回は,400m走の歴史や近年の記録の推移について見てみました.400m走は,中距離走から短距離走へと認識が変化してきた種目であると言えそうです. 実はこのことは,トレーニングやペース配分にも大きな影響を与えていると言えます.このような歴史的な背景も踏まえつつ,次回からはこれまでの400m走に関する研究について概観し,効果的なトレーニングについて考えていきたいと思います. 乞う御期待.Passion for the killer sprint!!!